行き方を指す「アクセス」の英訳って「Access」でいいの?

大阪・関西万博の開幕から3カ月が経ちました。訪れた人たちからは概ね肯定的な意見が聞かれる一方、課題と言われていたアクセスの脆弱性については、やはり否定的な見解が多いようです。実際どうなのか?と万博のウェブサイトを覗いてみたところ、英語版ページに少し変な英語表現が使われていて、国際的イベントなのにと、そちらの方が気になってしまいました。

上の画像は、万博公式ウェブサイトの「アクセス」ページの英語版です。気になったのは、このページの表題です。「アクセス」という日本語は、「行き方」や「交通手段」の意味として、ここ何年も普通に使われています。しかし、英語の「access」に「行き方」や「交通手段」の意味はありません。「交通の便」という意味で「The airport has good access to the city.」(空港からは市内にも行きやすいです)といった言い方をしたり、「出入りする権利/要件」という意味で「I have access to a VIP lounge.」(私はVIPラウンジを利用できます)といった言い方はしますが、「行き方」を指す際に「How to access」などと言うことはありません。
「access」が動詞としても使われるようになったのは、インターネットが普及して以降でしょう。データなどに接続してそれを入手/利用する(「アクセスする」)という意味で使われていますが、物理的な場所であるA地点からB地点に「行く」「向かう」といった意味はありません。上記の万博ページの表題は名詞で、「行き方」の意味と考えられます。実際、ページの情報も交通手段についてです。その点を踏まえれば、ここは次のような表現にするのが望ましいでしょう。
- Getting Here
- How to Get Here
- How to Get to Expo 2025
- Directions
- Transportation
上の例は交通手段を提示しているページに適した表現ですが、日本企業のサイトの中には、会社の住所と地図程度の情報で「アクセス」という見出しをつけているページもあります。このような場合、「Access」は論外ですが、上の5つも当てはまりません。単に「所在地」を示す情報なのであれば、「Our Location」(複数所在地の場合は「Our Locations」)などとするのが望ましいでしょう。
このほか、地図主体のページで「Access Map」という表記もよく見かけます。これも「変な英語」です。念のため英語圏のウェブサイトで「Access Map」がないか調べてみたところ、その例があるにはありました。下記のリンクはニューヨークのランドマーク、セントラルパークの公式サイトのページですが、ここに「Central Park Access Map」と記載されていました。ただ、よく見てみると、この地図はセントラルパークへの行き方を示す地図ではありません。ページには以下のように書かれています。
Central Park's topography can sometimes be challenging to navigate for users with limited mobility. To help with this, the Central Park Conservancy has created a map featuring information on how to get around in Central Park, with a particular emphasis on access for people with disabilities and/or limited mobility.
セントラルパークの地形は、移動に不自由のある方にとって難易度が高い場合があります。そのため、公園管理委員会では、障害者や移動に不自由のある方にとっての公園内の移動のしやすさに特化した、セントラルパーク内の移動方法に関する情報を提供する地図を作成いたしました。
出典:Centralpark.com
翻訳:デザインクラフト
ここで言っている「access」とは「近づきやすさ=移動のしやすさ」のことで、正確には「accessibility」と言うべきでしょう。実際、「accessibility map」という下記のような地図を最近よく見かけるようになってきました。これは、車椅子利用者などを対象に、物理的なバリア(移動を妨げるもの)のあるなしを示す地図です。
セントラルパークの管理団体がこういった地図を「access map」と呼んでいることを考えると、日本の英語サイトによく見られる「access map」も、バリアフリーの観点で作成された地図と勘違いされてしまうかもしれません。日本で「アクセスマップ」と呼んでいる、「行き方」を示す地図を掲載しているコンテンツの表題は、海外では「Map(s) and Directions」などとするのが一般的です。
大阪万博の公式ウェブサイトは日本語以外に6つの言語で提供されており、そのボリュームからして、一定の自動翻訳プログラムを導入していると想像できます。元の日本語がカタカナで「アクセス」となっていた場合、翻訳ソフトウェアやAIが「Access」と訳してしまうのはいたし方ないところ。重要なのは、そういった「直訳」をおかしいと指摘できる人材がプロジェクト・チームの中にいるかどうかです。
「アクセスマップ」に関連して、最後にもうひとつよくある「和製英語」を紹介しましょう。高速道路からの「アクセス」を示す地図によく記載されている「IC」という略語です。日本人なら誰もが「インターチェンジ」の略だとわかると思いますが、日本での生活に慣れていない人にとっては意味不明かもしれません。「IC」という略語からまず思い起こすのは、おそらくは集積回路(integrated circuit)でしょう。欧米の高速道路にも「interchange」はありますが、それは日本のように高速道路の出入口とは限りません。「interchange」は、複数の道路が(多くの場合、立体的に)交差している場所のことで、日本で言う「ジャンクション」に近いものです(英語の「junction」は、単純に「交差点」または「合流点」の意味で、日本のように立体交差とは限りません)。高速道路の出入口に「interchange」が設けられることは多いですが、交通量の多い都会などでは一般道にも「interchange」はあります。日本では、立体交差になっていない、ランプだけの高速道路の出入口も「インターチェンジ」と呼んでいますが、英語ネイティブの感覚からすると「どこか『interchange』なの?」となってしまいます。
アメリカのハイウェイを走ったことのある方ならご存じと思いますが、英語に高速道路の「出入口」を指す総称はありません。入り口は「entrance」、出口は「exit」です。行き方を示す情報や地図上に「インターチェンジ」を記したい場合は、「Haneda IC」ではなく、「Haneda Exit」などと記載すべきでしょう。

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デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』