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5/7/2020

 

フォント使いがモノを言う──英文統合報告書のデザイン

英文統合報告書のデザイン

日経新聞*によれば、2019年度に統合報告書を発行した日本企業は前年比2割増の513社。その多くが日・英両方の言語で発行されています。しかし、それらの英語版の中には、欧米人的視点で見ると「ちょっと読む気にならない」ものも見受けられます。一体どこに問題があるのか──少し掘り下げてみました。
 
 

最初に下の2つの英文統合報告書ページを見比べてみてください。いずれも国際統合報告評議会(IIRC)の「国際統合報告フレームワーク」で情報開示が提唱されている「価値創造プロセス」(value creation process)のページです。どちらが読みやすい、あるいは読んでみようという気になるでしょう? 日本人の目から見ても答えは一目瞭然だと思いますが、欧米人の視点で見ると一方は読む気すら起こさせない印象があります。何がそうさせるのか具体的な問題点を挙げる前に、このような読みにくい英文レポートが多く出てきている経緯について少し振り返ってみましょう。
 
 

 
 
* Source: 日本経済新聞オンライン版(February 17, 2020)「 ESGを投資家にアピール 統合報告書の発行500社超

アニュアルレポートは、元々英語版ありきだった

  

企業IR(投資家向け広報)のあり方として「統合報告」(integrated reporting)という考え方が重視されるようになったのは、2008年のリーマンショックが一つの契機だと言われています。短期的な業績(財務情報)重視の反省から、環境(environment)、社会(social)、企業統治(governance)[=ESG] からなる非財務情報、つまり社会に広く提供する長期的価値が投資判断の上で重要という考え方が広まっていきました。環境や社会に対する企業の向き合い方については、すでに90年代後半からグローバル企業の間ではCSR(企業の社会的責任)の観点からの広報活動(CSRレポートの発行など)が行われていましたが、CSRレポートと統合報告書とが本質的に異なるのは、前者が一般市民や従業員も含めたステークホルダー全般に対する情報発信を目的としているのに対し、後者は本来、投資家向けであるという点です。
 
「統合報告」の考え方が顕著になる以前、日本企業の海外投資家向け年次報告の主流はアニュアルレポートでした(今でも多くがそうですが……)。日本企業がアニュアルレポートを発行し始めたのは90年代頃からと思いますが、その当時(筆者がアニュアルレポートに携わり始めた頃)は、「アニュアルレポート」といえば海外投資家を対象にした英文のものでした。国内投資家向けには既に「事業報告書」や「株主通信」など国内慣行に沿ったものが発行されていたのに対し、海外投資家向けに欧米(主に米国)スタンダードのものが求められたからです。これには、バブル崩壊後の金融緩和策を通じて海外投資を積極的に受け入れようとした日本の事情がありました。
 
このように初期の日本企業のアニュアルレポートはターゲットが明確であったため、多くの場合、構成企画から文章作成、デザインまで、英語での見せ方を意識して作られていました。その後、アニュアルレポートを日本語版化して同時に発表する企業が増え、また一方でそれとは別に環境報告書やCSRレポートを発行する企業も増えていきました。

米国は、統合報告書後進国

  

日本企業のアニュアルレポートの内容はどちらかといえば米国のスタイルに倣う傾向があったように思いますが、統合報告書ではそのような傾向はあまり見受けられません。というのも、米国にはIIRCのフレームワークに沿った統合報告書を発行している企業が今のところあまりないからです。2019年7月の『Forbes』の記事*によれば、本来の意味の統合報告書を発行している米国企業は指折り数えるほどだといいます。そもそも統合報告の流れはヨーロッパを中心に起こりました。米国企業の場合、「Form10-K」や「20-F」など米国証券取引委員会が提出を義務付けている年次報告書があり、その中で非財務情報の開示も求められています。わざわざ統合報告書を発行する必然性があまりないのです。
 
前述の『Forbes』の記事は、日本企業が統合報告書の発行に積極的になってきていることを取り上げた内容ですが、そこでは統合報告書のクォリティについての各国比較への言及もあります。ここで言うクォリティとは(デザインではなく)あくまで内容についての話ですが、そのクォリティの基準となっているのが英国を拠点とするIIRCの「国際統合報告フレームワーク」です。このフレームワークには、統合報告書に何を掲載すべきかという「内容要素」(content elements)が体系的に示されています。統合報告書を発行するグローバル企業の多くはこのフレームワークを考慮して内容を作成していると考えられますが、実のところこの「内容要素」はかなり網羅的です。
 

*Source: Forbes.com (July 9, 2019); "What The World Can Learn From The Japanese Experience In Integrated Reporting"

 統合報告書への移行に伴う、内容の画一化と日本語思考化

 
統合報告書を発行する日本企業も、多くの場合、IIRCのフレームワークを意識していると思われます。ただ、そうすると必然的に、ある程度、網羅的かつ画一的な内容にならざるを得ず、かつてのアニュアルレポートのようなプレゼンテーション力・訴求力を意識した見せ方ではなく、必要な項目を満遍なく押さえるという作りになっているようです。その結果、独自性が薄まり、ある意味「役所的」な報告書になっているようにさえ思えます。
 
さらに、これまでにステークホルダー全般を意識して日・英両方(あるいは多言語)で作成されてきたCSRレポートなどとの「統合」という風潮ができてしまったため、ターゲットが曖昧になり、まず(作りやすい)日本語版で企画・原稿作成・デザインをし、その「英訳版」を作るという流れが主流になってきているようです。
 

 
通常、英語のプレゼンテーションでは、最初に結果や目標を具体的に示し、その後に背景説明をするというロジックの組み立てが一般的です。一方、日本語あるいは日本人的ロジックでは、最初に背景説明をした後で、最終的にその結果こうなった(あるいはこうする)という組み立てが多くなっています。(例えば、決算短信の文章もまず「当期の概況」として一般的な市場環境について述べるところから始まります)
 
日本企業が日本の読者向けに統合報告書を作るのであれば、日本人的な文脈・ロジックで日本語の原稿を作り、日本人に見やすいレイアウトにすることに異存はありません。しかし、英語版を作成する企業であれば、当然そこには海外のターゲットオーディエンスがいるはずで、その多くは海外の機関投資家と考えられます。日本の上場企業の外国人株主比率は3割程度ですが、日本株の売買シェアについては6割以上が外国人投資家だといいます。せっかく高い費用をかけて作成した英文統合報告書が、そういった重要オーディエンスに読む気を起こさせないような作りになっているとすれば、これほどもったいない話はありません。
 
しかし、上で説明したような時代の流れを考えると、最初から海外オーディエンスを対象とした独自性のある冊子の企画や原稿作成は、統合報告書に限って言えば現実的には難しいのかもしれません。国内外両方のターゲットに通じる(=もっと国外対象者を意識した)ページ企画や原稿作成ができれば理想的ですが、現状はIIRCフレームワークの複雑な提唱要素を押さえていくだけで精一杯という企業も多いのではないでしょうか。

海外向けの理想的な編集アプローチとは?

 
海外オーディエンスを対象にする英語メディアの作成において、一般に私どもがお勧めしている編集アプローチは次のようなものです。
 

1. 英語の文脈・ロジックで構成や文章を組み立てる。
(例:理由説明から入る日本語的ロジックではなく、結果から入る)
 
2. 日本固有の文化的背景がないと理解しにくい内容には、補足説明を加えたり、場合によっては割愛する。
 
3. 日本語の英訳版として作成する場合は、和文より英文の方が文字ボリュームが増えることを考慮し、以下のいずれかまたは複数の方策をとる。
 
(a)見出しなど、訴求力が求められる原稿は、英語独自の表現に編集する
  (コピーエディット、トランスクリエーション)
(b)あらかじめ日本語原稿をやや少なめに設定しておく
(c)レイアウトにあらかじめ余裕を持たせておく
 
4. デザイン(色調、装飾要素、フォント)は欧米人に違和感のない選択をする。

 
しかし、こと統合報告書に関して言えば、前述の通り、まず日本語版ありきの作り方をすることが多いため、上記の1.や2.を実現できている企業はほとんどないように思えます。また、2.や 3.(a)に関して言うと、投資家向けに提供する情報の公平性(=開示情報に差をつけない)という観点から見れば、日本語版と英語版で内容や表現が異なってしまうことは本来望ましくありません。3.(b)や(c)を考慮して編集がなされれば良いのですが、前述のようにIIRCのフレームワークに沿おうとすると、どうしても詰め込みぎみのページレイアウトになってしまうというのが現状のようです。
 
特に統合報告書で使われている日本語は、会社案内やセールスプロモーション関連の資料に比べて、仮名文字に対する漢字の比率が高くなる傾向があります。漢字の場合、多少複雑な意味もコンパクトな四字や五字の熟語に収めることができますが、英語の場合はそうはいきません。例えば、財務報告や統合報告書でよく使われる次のような用語で、日本語と英語の物理的な長さを比べてみてください。仮名文字の少ない日本語の文章ほど、英訳した場合に和文と英文のボリュームの差が大きくなるのです。


税引前利益
income before income taxes


環境保護
environmental conservation


企業統治
corporate governance
(コーポレートガバナンス とカタカナ表記であれば長さはあまり変わらない)


 英文テキストの扱いで読みやすさが決まる

 
ここで重要になってくるのが、非常にタイトなレイアウトスペースの中にいかに英文を読みやすく入れ込むかということです。デザインクラフトでは、日本語版のデザインレイアウトに沿って英語版を作成する仕事も多く行っていますが、この場合、上記4.の色調や装飾要素については、整合性の観点からすると和文版からの変更は望ましくありません。そのことも踏まえれば、英語での読みやすさを決定づけるのは、何と言ってもテキストの扱い(フォント、大きさ、行間、詰め幅、大文字/小文字のスタイル、などなど)です。(本来は、色調や装飾要素も訴求を左右する重要なポイントであり、日本語版をデザインする時点で考慮していただきたい点です。これらについてはまた別の機会に取り上げたいと思います)
 
ここで再度、冒頭に挙げた2つの英文統合報告書ページを見比べてみましょう。Aは2019年度の「日経アニュアルレポートアウォード2019」(統合報告書も含む)で準グランプリを受賞した日本企業の統合報告書の英語版、BはIIRCの「Leading practices」(優れた実例)の一つに挙げられている南アフリカ(=統合報告書先進国と言える)の企業のもの。いずれも「価値創造プロセス」(value creation process)のページです。

 
※日経アウォードの審査は日本語版で行われていると思われます。

 

A

 

B

 

 
Bに比べて、Aは明らかに読みづらい印象があります。もっと言うと読みづらい前に、欧米人的感覚では「読む気にならない」とさえ言えます。色調や装飾要素については別の機会に述べるとして、テキストだけとってみても読みづらいのはなぜでしょうか?
 
Aには次のような問題があります。
 

ボールドタイプ(太字)が多すぎる。
(特に、一定数以上の単語数がある原稿にボールドを使うと読みにくくなります)
 
文字サイズの大きなものと小さいものの差が極端である。
 
文字の種類(ウェイト(=太さ)を含む)が多すぎる。
 
キャップ&ロウ(=単語の頭文字が大文字)にしている見出し類が多すぎ、目障りな印象。
 
極端なトラッキングをかけて詰め込んでいる原稿がある。
 
文字サイズに比べて、行間が空きすぎのものがある。
(行が続いているように見えない)  
例:薄青地部分のスミ(黒)文字の原稿
 
文字間が不自然に空いていて、パラパラして見える。
例:空の画像上の “Contributing to the Development of...”の原稿
 
文字間に比べて、単語間のアキが広すぎて違和感がある。
例:“Resilient and Sustainable Society”とその下の黄緑地の部分

 
一方、Bは...
 

ボールドは、小見出しなど限られた強調ポイント(アイキャッチ)のみに用いられている。
 
ローワーケース(小文字)とオールキャップ(全て大文字)の見出しを効果的に使い分けている。
 
文字のサイズやウェイトは最低限に絞られ、理路整然と使い分けられている。
 
行間単語間文字間が適正である。

 
具体的なポイントを挙げるとこのようになりますが、読者にとって読む気になるかならないかは感覚的な問題です。日頃あまり英語の文章に接していない人には感覚として理解しにくいかもしれませんが、例えば私たち日本人が海外旅行に行ったときに現地で日本語化した観光案内などを見て、「この文字大きすぎて変!」と思ったりするのと同じことです。観光案内なら多少の愛嬌で済ませられるかもしれませんが、アニュアルレポートや統合報告書の読者は知的レベルの高い機関投資家たちです。そういった人たちを相手に稚拙な英語の文字使いをしていては、グローバル企業としてのブランドに傷がついてしまいます。

 ターゲット層に親和性のあるタイプセッティングを

 

 
先に述べた通り、日本語原稿を英訳してアニュアルレポートや統合報告書を作る場合、どうしても文字分量が多くなる問題が出てきます。原稿をカットするのが難しい場合は(大抵はそうだと思いますが……)、極端に文字サイズを小さくしたり、不自然・不統一なトラッキングをかけたりするのではなく、コンデンス系のバリエーションを持つフォントファミリーを選択することも一つのアプローチです。1行に収めるワード数についても、多すぎたり少なすぎたりすると読みにくさにつながりますので、1行に収める読みやすいワード数や読みやすい行間を感覚的に理解していることも重要になってきます。
 
このように英語圏の人々(特に対象となる投資家などの知識層)が普段から見慣れているテキストの扱いをすることが、彼らに「読ませる」レポートを作成する上では極めて重要です。また、例えばウィドウやオーファンといった、英文レイアウト上の編集スタイルルールに精通していることも大切です。
 
ひと昔前に「モノ言う株主」というフレーズが流行りましたが、英文のテキスト使いを誤るとせっかくの文章もモノを語る術になりません。ただ、概して言えるのは、多くの日本企業の英文報告書の見た目の印象は、寡黙というよりは、むしろバタバタ騒ぎまくっている感があるようです。
 
次の機会には、欧文フォントや色調などについても掘り下げてみましょう。
 

(了)

Author 筆者:吉田周市
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。主な訳書に『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』、『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』、『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』など。


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