「脱炭素社会」「健康経営」「DX人材」...
こんなESG関連用語が 英語でも一般的とは限らない件
「脱炭素社会」「健康経営」「DX人材」...
こんなESG関連用語が 英語でも一般的とは限らない件
ビジネスのグローバル化が進み、ESGを意識した経営が重視される中、さまざまな新しい概念が生まれ、それらを指すビジネス用語が当たり前のように使わるようになってきています。中でも、近年、企業の統合報告書や経営計画などでよく目にするのが、「〇〇社会」、「〇〇経営」、「〇〇人材」といった熟語(単語の組み合わせ)。これらの熟語、あなたの企業ではどう英訳されていますか? もしかすると、それは、海外で一般的な表現ではないかもしれません。
「〇〇社会」は、日本語特有の表現
まず、「〇〇社会」の例から見てみましょう。例えば、近年、統合報告書などで頻繁に目にする言葉のひとつに、「脱炭素社会」があります。この言葉は「二酸化炭素の排出量が実質ゼロになった社会」を指していますが、これを「decarbonized society」と訳している企業をよく見かけます。試しにGoogle英語版(google.com)で「decarbonized society」を検索してみました。その結果が上の画像です。
上位に表示されているのは、日本企業のサイトばかり。最上位に米コロンビア大学のサイトがありますが、このサイト内に「decarbonized society」という言葉は使われていません。代わりに検索対象になったと思われるのは、「decarbonization」という単語。AIが機転を利かして、主旨的に最も相応しいサイトをトップに表示したようです。「decarbonization」は元来「炭素除去」の意味ですが、日本語の「脱炭素化」と同じく、「化石燃料依存からの脱却」の意味でも使われています。そして、この単語でGoogle検索した際に最上位に表示されるのが、前述のコロンビア大のサイトです。
では、「decarbonized society」はどうでしょうか? 「脱炭素社会」の「翻訳」と割り切れば、間違いではないかもしれません。ただ、このような言い方は英語圏ではほとんどしません。また、この言葉通りに受け取れば、「society」自体に炭素が含まれていたようにも解釈できます。前後の文脈から主旨は察してもらえると思いますが、同じことを英語で言うのであれば、もっと一般的な表現があります。例えば、「net-zero (emissions) economy」や「low-carbon economy」などです。ですから、次のような和文の主旨を英語で伝える場合、英文AとBのどちらが自然かは言うまでもありません。
【和文】
当社では、脱炭素社会の実現に向けて、さまざまな取り組みを行っています。
【A: ありがちな英訳】
We are taking a variety of initiatives to realize a decarbonized society.
【B: より自然な英文例】
We are undertaking a variety of initiatives to commit ourselves to achieving a net-zero economy.
ここで注意したいことが二つあります。一つ目は、そもそも「〇〇社会」(xxxx society)という「造語」が英語では一般的でないということ、そして「society」という概念の捉え方も英語圏と日本とでは微妙に異なるということです。元々「社会」という単語は明治以前には存在しておらず、「society」の概念を表現すべく作られた、当時の造語です。ですから、「社会」と「society」の間に本来意味の違いはないはずです。しかし、現状の使い方は、必ずしも同じではありません。英語の「society」は、何らかの団体や社交界など、人同士の集まりを指す際に使うことも多く、日本語の「社会」の最も一般的な使い方である「世の中(=人、慣習、法律、経済など、全てを包含したもの)」の意味だけで使われているわけではありません。元々「society」の第一義的な意味は「人と人との交わり」です。イギリス英語では日本同様「世の中」の意味で捉える傾向が強いようですが、アメリカ英語では「人と人との交わりの場」として捉える傾向が強いようです。事実、アメリカで最も権威のある辞書のひとつ『Merriam-Webster』でも、この単語の定義は次の順で記載されています。(下記枠内は参考に和訳したもの)
1:仲間との交際やつながり:友好的あるいは親密な交わり:「company」
2:共通の目的を持つ個人同士による任意の団体
特に… 共通の関心や信条、職業のために協働したり、定期的に集まったりする組織化された集団
3
a:その構成員が互いの交流を通じて系統立った関係性を発展させてきた、永続的かつ協力的な社会的集団
b:共同体、国家、または、共通の伝統・制度・集団的な活動や利益を持つ人々の幅広い集まり
4
a:特定の目的や生活基準・行動基準によって区別される一団としての共同体の一部:明確に識別された独自性を持つ社交的集まり、または社交的集まりのための集団
例:「文学会」
b:自らを有閑階級とし、ファッションやマナーに関する権威者とみなすグループの一部
5
a:群落内において、通常、単一の種または習性からなる自然植物群
b:ミツバチの巣のような社会単位を構成する場合における、ひとつがいの昆虫の子孫
広い意味で… 生物または生物単位の相互依存システム
出典:merriam-webster.com
日本で一般的な「社会貢献」という言葉も、それに単純に置き換えられる単語や熟語は英語にはありません。日本人が英訳として使いがちな、「social contribution」や「contribution to society」といった言い方は、英語圏では通常用いません。そのことについては、以前のコラム(下記)でも取り上げましたが、「社会貢献」という概念の中の「社会」にあたる部分に対しては、その範囲に応じて「the community」や「the public」などを使うのが一般的です。
もうひとつのポイントは、上の例文がいかにも日本人的なマインドに基づいた言い回しになっていることです。海外企業がこういった言い回しをすることは、あまりありません。似たような主旨を述べるにしても、次のような表現になることが多いでしょう。
・We are taking a number of steps to achieve net-zero emissions.
この英文の主旨は、上の和文とは「似て非なるもの」と解釈できます。海外企業がこういった文脈で述べる内容は、「社会全体の脱炭素化達成への貢献」ではなく、「自社の排出ゼロ目標の達成」であることが多いのです。例えば、「2030年までに自社のバリューチェーンから排出される温室効果ガス量を実質ゼロにする」といった目標提示です。一方、上の例文の日本語は、「社会全体の温室効果ガス排出量削減のために、自分たちが出来る範囲のことをする」と解釈でき、(少なくともこの文で判断する限りは)この会社自体の目標値や責任範囲が曖昧です。このように物事への視点を世間一般のものにしてしまう思考は、われわれ日本人が封建時代からの歴史・風土の中で培ってきた、無意識の防衛本能なのかもしれません。そういった日本人特有の感性は美徳にもなり得ますが、一方で、ことPRやIRの観点においては、海外の株主や投資家にとって非常にもどかしいものに聞こえてしまう可能性もあります。
このほか、「循環型社会」「情報化社会」「高齢化社会」などもよく目にする言葉ですが、これらの概念についても、英語圏で「xxxx society」と表現されることはまずありません。単純な英語に置き換えるとすれば、それぞれ「circular economy」、「infromation age」、「aging(またはgraying) population」などが一般的でしょう。勿論、前後の文脈によって、もう少し説明調にした方が良いなど、最適な表現は変わってきます。
「〇〇経営」の英訳にも要注意
投資家が企業のESGへの取り組みを注視する中、近年よく目にするのが、ESGに関連する語句と「経営」とを結びづけた熟語です。そのものずばりの「ESG経営」のほか、「環境経営」「サステナビリティ経営」「健康経営」など。ただ、この「経営」という言葉自体、実は英訳の際に注意すべき日本語です。辞書通り「management」と訳したのでは、違う意味になったり、誤解を生じさせる可能性があります。(その点については、下記のコラムでそれぞれ取り上げています)
「management」の、最も本質的な意味合いは「管理」です。ですから、「ESG management」と言うと、普通は「ESG(関連施策)の管理/運営」と解釈されます。日本語で言う「ESG経営」は「ESGを重視した企業経営」あるいは「ESGに配慮した企業経営」の意味ですから、英語に置き換えるなら「ESG-focused corporate management」や「ESG-conscious business management」などとなるべきです。しかも、そもそも「ESG」と「経営」を組み合わせて熟語(複合語)にする発想自体、英語圏では一般的ではありません。ですから、次のような和文を英文Aのように逐語的に訳すと、ネイティブの耳には少し冗長に聞こえてしまいます。
【和文】
当社では、環境・社会・企業統治を重視したESG経営を推進しています。
【A: ありがちな英訳】
We promote ESG-oriented corporate management, focusing on environment, society, and corporate governance.
【B: より自然な英文例】
We prioritize ESG (environmental, social, and corporate governance) in our corporate management.
このことは、「環境経営」「サステナビリティ経営」「健康経営」などでも同様で、それぞれ複合語として表すならば、「xxxx-focused」や「xxxx-oriented」、「xxxx-conscious」としないと「〜を重視した/〜に配慮した 企業経営」の意味にはなりません。
とりわけ、「健康経営」の場合、「health management」ですと「健康管理」と解釈されてしまいますし、「health-focsued corporate management」としても「健康ビジネスに注力した企業経営」と解釈される可能性もあります。そもそも「健康経営®」という言葉は、日本のNPO法人・健康経営研究会の登録商標で、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」という考えに基づくものと定義されています。この概念自体は、米国の心理学者兼経営学者ロバート・H.ローゼンが『The Health Company』という著書の中で提唱したものですが、それを一言で表す英語の熟語は特にないようです。日本での造語である「健康経営®」を英訳する際は、前後の文脈に合わせて少し説明調にした方が良いかもしれません。
ちなみに、上記例の英文Bでは、日本語の「推進」にあたる部分に敢えて「promote」という単語を使いませんでした。忠実な「翻訳」が求められる場合には「promote」を使うべきでしょうが、この語は、そこに具体性を伴わない場合、やや役所的な、よそよそしい響きを帯びることがあります。PR/IR的視点で言えば、「prioritize」や「focus on」など、もう少し主体性を感じさせる言葉の方が、より前向きな印象を与えることができるでしょう。
「〇〇人材」を、「xxxx human resources」とは言わない
「〇〇人材」も、統合報告書などでよく目にする熟語です。「グローバル人材」「DX人材」など、「〜の専門性を持つ人材」、「〜の資質を持つ人材」といった意味で使われています。しかし、日本企業の英語版資料で時々見かける「global human resources」や「DX human resources」などは、そういう意味にはなりません。海外でも「global HR (human resources)」という言葉はよく使いますが、それは「世界的な規模や視点で人材管理(人事)を行うこと」であって、「世界的な視点や経験を持った人材」ではありません。
同じように、「DX human resources」もまず使いません。Google英語版で検索しても、上位に表示されるのは日本のサイトばかりです。そもそも「〇〇 + human resources」のような語彙が英語にはない上、「デジタル・トランスフォーメーション」を意味する「DX」という略語も、欧米では今のところさほど浸透していないようです。「digital transformation」を「DT」と略すケースもありますし、「DX」は「digital experience」や「developer experience」、「diagnosis」(診断)の略語としても使われています。ですから、この略語だけの表記は安易には用いない方が良いでしょう。日本語で言う「DX人材」に相当する言葉としては、「digitally savvy workforce」とか「digitally literate personnel」、「tech-savvy talent」などと言う方が一般的でしょう。
このように、比較的新しい概念を示す言葉を英訳する際は、その日本語自体が単純でも、同じような概念が海外で一般的なのかを意識すべきです。翻訳者にとっても、そのような言葉はある種のトラップ(落とし穴)で、「ネイティブが訳したから」といって安心はできません。AI翻訳はもちろんのこと、ネイティブ・スピーカーであっても「翻訳」と割り切って仕事をする人や問題意識の薄い人だと、字面だけを追って訳してしまうケースがあります。たとえそれが致命的な間違いでなくても、いかにも「翻訳」調の表現が企業イメージの向上つながることはありません。PRであれ、IRであれ、海外のオーディエンスにアピールしたければ、そういった視点をしっかりと持っておくことが大切でしょう。
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Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』