「世界観」は英語でなんて言う?
ブランディングやアート/デザイン関連の翻訳をしている中でよく出てくる言葉のひとつに「世界観」があります。「彼の作品には独特の世界観がある」とか「ブランドスローガンはブランドの世界観を言葉で言い表したものです」といった表現です。この「世界観」を「world view」と英訳している文章を時々見かけるのですが、この英語で本来の主旨が正しく伝わるでしょうか?
「世界観」って何?
そもそも「世界観」とはどういう意味でしょう? ウェブで検索すると、例えばウィキペディアには次のような定義が出てきます。
世界観(せかいかん、独: Weltanschauung、英: worldview)とは、世界を一体的に意味づける見方。一般に、人生観より広い範囲を包含し、単なる知的な理解にとどまらず、より情意的な評価を含むものであり、情意的な面、主体的な契機が重要視される。
現代の日本では、漫画、アニメ、テレビゲームなどフィクション作品の舞台となる世界の設定という意味で誤用されることが多いが、人によってはフィクション作品の世界そのもの、あるいは作風や雰囲気といった意味で使う場合もある。
出典:ウィキペディア
元々が哲学的なコンセプトから生まれた言葉なので前半の定義は少し難解ですが、要するに「世界観」とは「世の中に対する見方や考え方」だと言えるでしょう。ただ、ブランディングやアート/デザイン関連の文脈で出てくる「世界観」は、この意味とは少し異なります。ほとんどの場合、ウィキペディアの定義の後半にある、創作物の「舞台設定」や、その作品が持つ「雰囲気」、「作風」といった意味で使われています。ウィキペディアには「英: worldview」と記されていますが、これはあくまでも「世の中に対する見方や考え方」という本来の意味を指す場合の英語であって、この単語で「作品の舞台設定」や「雰囲気」、「作風」といった意味にはなりません。
「世界観」をどう訳すか?
では、創作物が持つ「雰囲気」や「作風」の意味で使われる「世界観」に当てはまる英語は何でしょうか? デザインやアート関連の文脈で出てきそうなセンテンスを例として挙げてみました。機械翻訳エンジン「DeepL」で訳したものと、私たちが翻訳したものの比較です。
【例文】
独特な世界観のあるその作風は、世界中で愛されています。
【DeepLによるAI翻訳】
His style, with its unique world view, is loved around the world.
【私たちの翻訳】
His photographs with their unique ambience are admired by people all over the world.
この例文は、ある写真家の作風について述べた文章中の1文です。DeepLによるAI翻訳も「惜しい」のですが、問題は「世界観」を文字通り「world view」と訳しているところです。この英文ですと、写真家の作風自体が世の中に対してある独特の考えを持っているように聞こえてしまいます。一方、私たちは、「世界観」にあたる部分を「ambience」と訳出しました。「ambience」は単純に訳し戻すと「雰囲気」や「ムード」に相当する単語です。ですから、ここの「ambience」を「atmosphere」や「mood」と置き換えることもできます。ただ、フランス語を語源とする「ambience」は、ほかの2語に比べると少しエレガントで、こじんまりとした空気感のようなものを感じさせやすい響きがあります。そのため、「その場の空気感」のようなニュアンスを出したいときには効果的です。
ちなみに、私どものこの英訳には元の日本語にない単語が含まれていることにお気付きかと思います。私たちは、単にひとつの文を忠実に訳すというのではなく、文章の前後関係(=文脈)の中で各文を訳していきます。ですから、文章や会話が自然な流れになるようにその文自体に含まれていない単語を含めたり、逆に文脈から自明の単語は訳出しない場合があるのです。
ほかの例も見てみましょう。
【例文】
彼のディレクションはとてもイメージしやすいので、世界観を再現しやすいですね。
【DeepLによるAI翻訳】
His direction is very imaginative and it is easy to recreate the world view.
【私たちの翻訳】
His direction makes it really easy to visualize what he wants to create. So, it's easy for me to recreate what he envisioned.
こちらの例文は、何らかのクリエイティブ職に携わっている人にインタビューした会話中の1文で、その人のディレクターにあたる人について質問した際の回答です。こちらのAI翻訳には、ふたつのミスがあります。ひとつは「His direction is very imaginative」で、これだと「彼のディレクションは非常に想像力に富んでいる」という意味になってしまいます。もうひとつは、やはり「世界観」を「world view」としていることです。後半の部分を強いて訳し戻すとすれば、「その世界の見方を再現するのは簡単です」となります。「the world view」を「his world view」と考えれば意味は通じなくもないですが、その場合は「ディレクターの世の中の見方」という意味になりますので、インタビューを受けた人がそういう主旨で言っているのであれば良いですが、「ディレクターがイメージしたこと」という主旨であれば正しい訳とは言えません。
話し言葉の場合、話者は前後の言葉を省略しがちで、言葉通り訳していると意味が通らなかったり、ニュアンスが異なってしまうことがままあります。インタビューの字幕用翻訳などでは、そういった点に留意する必要があります。私たちの翻訳では「世界観」の部分を「what he envisioned」(=「彼が思い描いたもの」)としました。「世界観」が意味する内容は文脈によって異なります。ですから、ひとつの訳語がどの文脈にも同じように当てはまるとは限りません。ちなみに、この例文に出てくる「イメージ」という言葉も、単純に「image」や「imagine」などと訳したのでは主旨が伝わりにくいケースが多く、注意すべき単語のひとつです。
「ブランドの世界観」の英訳は?
次は、企業がブランディングの一環として作成するブランドブックやブランドガイドラインなどで登場しがちな文の例です。
【例文】
ブランドスローガンは、ブランドの世界観を言葉で表現したものです。
【DeepLによるAI翻訳】
The brand slogan is a verbal expression of the brand's worldview.
【私たちの翻訳】
パターンA)
The brand slogan expresses in words the unique ambience that our brand creates.
または
パターンB)
The brand slogan is a verbal expression of our brand concept.
DeepLは、ここでも「世界観」を単純に「worldview」と訳しています。私どもの翻訳はふたつのパターンを示していますが、どの言葉が適するかは、ここで述べられている「ブランドスローガン」で実際に述べられている内容によって変わってきます。先の2例のようにブランドが醸し出す「雰囲気」や「空気感」を伝えているスローガンであればパターンA)で良いですが、この種のスローガンや「ブランドメッセージ」は、もう少し理念的・概念的な言葉が多いものです。例えば、「Just Do It」というブランドスローガンの場合、そこにはある種のメッセージやコンセプトがあります。それを「ambience」(雰囲気)と表現するのは少し違うような気がします。
この種の文脈で使う「世界観」は実際の内容によってニュアンスが微妙に変化するので、定型的に同じ単語に訳すのではなく、その言葉が提示しているものが「雰囲気」なのか(パターンA)、「コンセプト」(パターンB)なのか、場合によっては「価値」のようなものなのか、そういったところを意識して英語を選択すべきでしょう。
日本では「ブランドの世界観」という表現は、ブランディングの領域でよく用いられます。中にはブランド自体を人格化して、そのブランドの「ものの見方・考え方」という意味で使われるケースもなくはありません。海外でも、近年ブランディングの世界でよく使われるようになってきた「ブランドアーキタイプ」(brand archetypes)というブランドの個性を人格化するコンセプトにおいては、「worldview」という単語がまさに当てはまる場合もあります。しかし、それ以外のほとんどのケースでは、日本語の「ブランドの世界観」は、ブランドが持つ「空気感」「雰囲気」「個性」などの意味で使われています。
そういった内容を海外では何と言っているかというと、上に挙げた例のほか、実際によく用いられている表現に以下のようなものがあります。
- brand personality
- brand characteristics
- brand attributes
- brand identity
- the nature of the brand
- brand's tone and manner
これらは、「concept」ほど概念的でなく「ambience」や「atmosphere」ほど曖昧でない、ブランドの「特性」を示している場合に有効と言えるでしょう。ただし、それぞれの言葉が持つニュアンスは微妙に異なりますので、やはり状況に応じての使い分けが必要です。
「brand identity」と「brand image」の違い
上の選択肢に「 brand identity」が出てきましたので、蛇足になりますが、「brand identity」という言葉について最後に少し触れておきましょう。この英語は、そのまま「ブランドアイデンティティ」として日本でも浸透していますが、この言葉と「ブランドイメージ」(英語でも「brand image」)という言葉が混同されているケースがままあります。このふたつの違いを正確に理解している人は英語圏でも一般には少ないかもしれませんが、ブランディングやマーケティングに携わっている方であれば、ふたつの違いを認識しておいた方が良いでしょう。
ブランドアイデンティティ(brand identity)
ブランドの持ち主である企業が「顧客にこう見られたい」というブランドの性格を決定づける上で定めた各種要素を総合した概念。その要素には、ロゴ、色、タイポグラフィのほか、スローガンなどの言語表現も含まれる。
ブランドイメージ(brand image)
顧客がそのブランドに対して抱く印象。
つまり、「ブランドアイデンティティ」はブランドオーナーが自ら構築・管理できるものなのに対し、「ブランドイメージ」はブランドオーナーの意志では動かせないものです。ですから、例えば、企業のブランドガイドラインに次のような表現があった場合は、翻訳にも注意が必要です。
【例文】
「ブランドカラー」とは、本ブランドのブランドイメージを具現化するイメージカラーのことです。
【DeepLによるAI翻訳】
The "brand color" is an image color that embodies the brand image of this brand.
【私たちの翻訳】
The "brand color" is the color that embodies the identity of our brand.
もちろん、本来は原文の「ブランドイメージ」を「ブランドアイデンティティ」とすべきであり、「翻訳」の範疇で考えれば、上のDeepLの訳文でも間違いとは言えません。しかし、ブランド要素の定義という根本の目的を意識するなら、和文で「ブランドイメージ」となっている部分も、「ブランドアイデンティティ」の意味と解釈して英語にすべきでしょう。
何のために翻訳をするのか──それは、発信者の意図をほかの言語圏のターゲットにしっかりと伝えることであり、そのためには、成果物の最終目的を常に意識することが大切だと思います。
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Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』