日本人が陥りがちな、ネイティブが違和感を感じる英文デザイン
─その2─欧文フォントの不自然な使い方
日本人が陥りがちな、
ネイティブが違和感を感じる
英文デザイン─その2─
欧文フォントの不自然な使い方
上の写真の英文レイアウトをご覧になって何か違和感を感じますか? もしあなたが英文のパンフレットや広報誌などの制作に携わっていながら特段違和感を感じないようであれば、ぜひこの記事をお読みください。
フォントは原稿の雰囲気を伝えるツール
外国人読者に「うわっ、ちょっと読む気にならないな」と思わせてしまういただけない英文紙面デザインの中でも、前回取り上げた「詰め込みすぎのレイアウト」と同様に目立つのが、今回取り上げる不自然な欧文フォントの選択です。とりわけ自治体が発行する英文観光案内パンフレットや英文広報誌などにこの問題が多いように思いますが、それはおそらく発注側・受注側ともに英文出版物の制作に慣れていないためでしょう。
中には和文フォントをそのまま使って英文にしているものさえ見受けられますが、これは言ってみれば日本語を中国語のフォントでレイアウトしているようなもので、こちらが本来意図していない「異国情緒」を欧文言語のネイティブ読者に感じさせてしまうかもしれません。
では、欧文フォントにしてさえいれば何でも良いのか?──もちろんそうではありません。和文でもそうですが、フォントにはその形状から読者に伝わる一定のムードがあります。フォントの選択に絶対的なタブーこそありませんが、そのフォントが原稿の内容に沿った雰囲気を醸し出せているかが鍵になります。そうすることで、より効果的にメッセージが届くからですが、逆にフォントが持つムードと原稿の内容が極端に異なっていると、滑稽に見えたり、内容が疑わしく見えてしまうこともあります。
まずは、欧文フォントのおおまかな分類と特徴を知る
一口に欧文フォントと言っても、その数は無数にあります。それぞれのフォントから読者が受ける印象については個人差もあるため定義付けこそできませんが、まずは欧文フォントの大まかな分類と、それぞれの分類から読者が想起しやすいイメージを知っておくことが大切です。
欧文フォントは、手書き風書体である「スクリプト書体」を除くと、2種類に大別できます。「セリフ書体」(serif typeface)と「サンセリフ書体」(sans-serif typeface)です。「セリフ」(serif)とは、文字の線の端についている飾り(日本では「うろこ」「ひげ」などとも呼びます)のことで、これがあるものがセリフ書体、ないものがサンセリフ書体です(サンセリフの「sans」は、フランス語で「〜がない」を意味します)。セリフ/サンセリフともいくつものタイプフェイスがありますが、数例を挙げると、セリフでは「Times New Roman」「Garamond」「Bodoni」、サンセリフでは「Helvetica」「Arial」「Frutiger」などが比較的よく知られているでしょう。
書体を見ればある程度イメージできると思いますが、この2つの違いは和文における明朝体とゴシック体の違いに近いと言えます。この場合、セリフが明朝体、サンセリフがゴシック体ですが、逆に、明朝体はセリフ書体の一種、ゴシック体はサンセリフの一種と言うこともできます。
したがって、日本語でデザインされたページを英文に差し替える場合、大雑把に言えば、明朝体は欧文セリフ書体にゴシック体はサンセリフ書体にしておけば、おおよそ間違いはないと言えます。ただ、この「間違いはない」というのは、あくまでも日本語版のフォントが醸し出しているムードと似たムードを伝えられているかどうかという意味においてです。そもそも日本語版で適切なフォントが使われているかどうかは別問題ですし、英文をコピーエディットするなどして語感やニュアンスが変わってしまっている場合には、相応の配慮が必要です。
セリフとサンセリフ:それぞれが与える印象の違い
英文デザインを担当する方は、最低限セリフとサンセリフの大まかな個性の違いを捉えておく必要があります。2種類が持っているイメージキーワードを挙げるとすると、例えば、次のようになります。
セリフ書体
「クラシック」「伝統的」「保守的」「信頼感」「高級感」「学術的」
サンセリフ書体
「モダン」「カジュアル」「柔軟」「シンプル」「ビジネス的」
セリフ書体の「セリフ」(飾り部分)の起源は、古代イタリアの石刻文字だと言われています。また、活版印刷が発明されて活字を制作するようになってからも、セリフは技術的・機能的に必要なものであったと考えられます。このように印刷物に古くからあるスタイルの書体であることから、一般にセリフ書体には「伝統」「信頼」「権威」といったイメージが持たれています。
一方のサンセリフ書体が印刷物に登場するのは、19世紀の産業革命以降です。そして、第二次世界大戦以降、電化製品をはじめとする工業製品の進化や機能的デザインの追求などに伴う形で、サンセリフ書体も普及していきました。80年代以降のパソコン黎明期から拡大期にかけては、セリフ書体に比べて画面表示しやすいことから、サンセリフ書体は一層の広がりを見せます。このような背景もあってか、サンセリフには「モダン」「カジュアル」「シンプル」といったイメージが持たれる傾向にあります。
セリフ書体をロゴに用いている企業(左)とサンセリフ書体をロゴに用いている企業(右)
この2つのイメージの違いを理解することは、ロゴやブランドスローガンなど、ブランディングに直結するデザインにおいてはとりわけ重要です。一般に、歴史や伝統などをアピールしたい高級品ブランドや、信頼感をアピールしたいビジネスではセリフ書体、独創性や柔軟性、現代性などが求められるIT企業などはサンセリフを主体にする傾向が強いと言えます。
フォントは時代性を反映する
とはいえ、こういったイメージは時代によっても変わってきます。未来永劫同じではありませんし、ある種の書体がある種の時代をイメージさせることもあります。例えば、非常にポピュラーなフォントである「Arial」は、90年代にMicrosoft Windowsのデフォルトフォントとなって一気に認知が高まりました。そのため「Arial」を見ると、90年代を連想して「古臭い」と感じる人も一定の割合でいます。そういった理由から、フォントメーカーも常にフォントの改良を重ねています。デザインを微調整して、今の時代でも通じるフォントにしているのです。「Arial」も、字幅などを微調整した「Arial Nova」という改良版が2014年に発表されています。
企業の方も、ブランディングを重視する会社であればあるほど、消費者がフォントに抱くムードに敏感に反応しています。例えば、Googleは2015年に、それまで使っていたセリフ系書体のロゴタイプをサンセリフ系の書体に改訂しました。この改訂後のブランドアイデンティティについてGoogleは、マルチデバイス化が拡大する中「よりアクセスしやすく、より便利なGoogleを目指す」(A new brand identity that aims to make Google more accessible and useful to our users—wherever they may encounter it)ものだと説明しています(出典:Google Design「 Evolving the Google Identity」)
Googleは、それまでのセリフ系のロゴタイプを2015年サンセリフ系に変更。
Googleのこのコンセプトは、近年の金融ブランドにも当てはまるかもしれません。金融企業のロゴは90年代頃までは「信頼」や「実績」を感じさせるセリフ系書体が多かったように思いますが、オンライン取り引きが当たり前となった2000年代以降、とりわけリーマンショック後に「フィンテック」という概念が出てきてからは、親しみやすさや柔軟性をより感じさせるサンセリフ系のロゴタイプに変更する企業が出てきています。
金融系企業でもロゴをサンセリフ書体に変更するケースが出てきている(HSBCとMerrill-Lynchの例)
概して言えば、セリフの方がサンセリフよりも「重み」や「主張」が感じられる書体であると言えますが、その「重み」が内容に不釣り合いにならないようにしなければなりません。例えば、コーポレートレポートでセリフ書体を使う場合、社長メッセージのプルクォート(言葉の引用)やメッセージ性の高い見出しなどには効果的ですが、あまり主観を入れず事実を淡々と述べるタイプの財務報告やESG関連の文章には不釣り合いに見えることがあります。内容がある種「ビジネスライク」なのに、やたら気合いが入っているようで滑稽に見えてしまうのです。同様に、観光パンフレットなどでのアクセスや料金表などの実用的な情報、取扱説明などのハウツー的な情報(商品にもよりますが)などにセリフ書体を使うと、少し仰々しい印象になって違和感がある場合があります。
じっくりと読ませる長文にはセリフ書体がふさわしい
イメージ以外に「読みやすさ」の面でも特徴があります。セリフ書体はストロークの太い部分と細い部分の区別がはっきりしているため、文章としてまとまりで見た時にサンセリフに比べて字形を認識しやすい特徴があります。そのため、書籍や新聞の本文など長文を読むのに適しており、実際、小説の本文はほぼ例外なくセリフ書体で組まれています。また、学術論文でもセリフ書体が一般的です。企業が発表する文書も、市場レポートや研究レポートなど長文をしっかりと「読ませたい」ものについては、セリフ書体の方がふさわしいでしょう。
小説などの「読み物」の本文は、ほぼ例外なくセリフ書体で組まれている。
逆に、細かい文言がたくさん入る図表などにセリフ書体を使うと読みにくくなってしまう恐れがあります。一文字一文字の形にメリハリがあるセリフ書体を単語が散らばっている場所に用いると、ゴチャゴチャした印象になってしまうのです。加えて、図表などの「ファクチャル」な要素には、何らかの主張を感じさせやすいセリフ書体は、元来不向きという側面もあります。
異なるフォントの乱用は、散漫な印象を与える
もう1つ、英文デザインに不慣れな担当者が犯しやすい問題があります。異なるフォントファミリーの使いすぎです。(フォントファミリーとは、同じフォントの太さや字幅のバリエーションを言います。例えば、「Helvetica」であれば、基本形である「Helvetica Regular」のほかに「Light」「Bold」「Oblique」「Condensed」など、その組み合わせも含め、30種類以上ものバリエーションがあります)
媒体の種類にもよりますが、一般に欧文の出版物では、一定のコンセプトで作られたページ内に3種類以上のフォントファミリーを使うことはほとんどありません。アイキャッチ的な独立したフレーズや数字などを除けば、本文に使用するメインのフォント(primary font)ファミリーが1種類、見出しなどのポイントに用いるサブフォント(secondary font)のファミリーが1種類というのが一般的で、この場合、サブフォントにはメインフォントとは明らかに見た目の異なる書体が選ばれます。例えば、メインフォントがサンセリフの「Helvetica」ファミリーであれば、サブフォントにはセリフ書体を選ぶのが定石で、メインフォントが「Helvetica」なのに、それに似た「Arial」や「Myriad」をサブフォントに選ぶとことはまずありません。差別化が図りにくく、無意味かつ紛らわしいからです。
内容とイメージの異なるフォントの使用、異なるフォントの乱用は、コンテンツを台無しにしかねません。
ページの主要要素に3種類以上のフォントファミリーが使われていた場合、外国人読者には「とっ散らかった」印象に映ってしまいます。読む気を削いでしまうばかりでなく、例えば、それがコーポレートレポートであれば、オーガナイズされていない企業だとか、洗練されていない企業といったイメージすら与えかねません。
ブランディングの面でもこれは重要です。一般にブランド管理がしっかり出来ている企業は、自社が発信するメディアで使用するフォントの種類をデザインガイドラインなどで目的別に規定しています。タイプフェイスは、文字通りブランドイメージを印象付ける「顔」となるものです。表情の異なるタイプフェイスを無造作に用いていたのでは、ブランドの「顔」をユーザーに憶えてもらえません。例えば、アップルの場合、マーケティング関連のメディアで使用するメインタイプフェイスとして「San Francisco」という自社開発のサンセリフフォントを2015年以降一貫して使用しています。
ページ冒頭の紙面の問題点
ここまで読んでいただいた方には、ページ冒頭のレイアウトの問題点はもうお分かりいただけたと思います。整理すると次のようになります。
さまざまな種類のフォントが混ざりあっていて散漫な印象になっている(セリフ書体だけでも3種類も使われている)
大見出しの書体が西部開拓時代をイメージさせるような前時代的なものになっていて、未来を見据えた都会の最新トレンドを伝える記事の内容に全くそぐわない。
リードの書体が手書き風の子供っぽい印象で、やはり記事の内容にそぐわない。
本文が等幅フォントになっている。パラパラして読みにくい上、リードの書体同様、子供っぽい印象で内容にそぐわない。
これらを改善し、記事の内容に合ったタイプフェイスを選んでレイアウトした一例が下の画像です。サンセリフ系の単一のフォントファミリーに統一することで全体がすっきりし、イメージも見出しの内容に近いモダンな印象になります。
ページ冒頭のレイアウトを別のタイプフェイスに置き換えたデザイン。
このように、フォントの乱用を避けること、そしてブランドやコンテンツにあったイメージを伝えるフォントを選ぶことが、グローバルなコミュニケーションをしようとする企業や官公庁にとって大切な要素になるのです。
次回は、翻訳版の英文出版物にありがちな、「長すぎる見出し」というテーマについて取り上げます。
※上記の各レイアウトサンプル画像はこの記事用に独自に作成したものです。
デザインクラフトでは、英文アニュアルレポート/統合報告書、英文パンフレット/ブロシュアのデザインのほか、和文から英文への差し替えレイアウトなどのご相談も承っております。企画からライティング、翻訳、デザイン〜DTPまで、ワンストップでの対応も可能です。詳細をお知りになりたい方は、Contactよりお気軽にお問い合わせください。
Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』