英文レイアウトで 日本人デザイナーや編集者が見落としがちな禁則
今年もある自治体(都道府県庁)が発行する英文広報誌のレイアウト校正(校閲)の仕事をさせていただきました。この自治体広報誌の英文原稿は全て欧米出身のプロのライターが書いたものですが、たとえネイティブであっても完璧ではありません。誌面にレイアウトされてみると、表記統一や読みやすさといった観点から正した方がよい点がいくつも見つかります。今回はそんな中から、比較的見過ごされがちなエラーをいくつか挙げてみました。
なぜレイアウト校閲が大切か──欠かせない英文編集視点
今回私どもが校閲を担当した英文広報誌は、地域の外国人居住者や外国人観光客向けに文化からIT、環境保全、ライフスタイルにいたるまで、幅広くカレントな話題を提供する広報出版物です。原稿は日本語から翻訳されたものではなく、海外メディアにも出稿している欧米出身のプロのライター複数名がそれぞれ得意分野の記事を書き起こしています。とはいえ、英語ネイティブのしかもプロのライターが書いた英語なら問題ないじゃん!というわけにはいきません。確かに文章の組み立ては優れていますし、翻訳版のようなぎこちない表現もありません。ゲラ(レイアウト)の段階にまでなれば、スペルミスなどの誤植もほとんどありません。では、何が問題になるのか? まず一番のポイントとなるのは表記の統一です。
この広報誌では、合計15本程度の記事を4〜5人のライターが分担しています。北米出身のライターもいれば、ヨーロッパ出身者もいます。北米出身者はアメリカ式のスペル("realize" "center"など)を使うのに対し、ヨーロッパ出身者はイギリス式で綴るケース("realise" "centre"など)がほとんどです。しかし、同じ出版物の中では、やはり統一を図った方が良いでしょう。スペリングの違いだけではありません。例えば、「aとbとc」のように三つ以上のものを列挙する場合、あるライターは『シカゴマニュアル』の表記スタイルに則って "a, b, and c"(「and」の前にカンマあり)と書くのに対し、別のライターは『APスタイルブック』式に "a, b and c"(「and」の前にカンマなし)と表記します。こういった点にも統一が必要です。
幸いこの広報誌の場合、スペリングは米国の辞書『Merriam Webster』、表記スタイルは『シカゴ・マニュアル』に倣うといったように、事前に独自の表記スタイルルールを決めてあります。私たちが校正する時は、そのルールに沿って全体を通して見ていきます。このように自分たちの媒体に一定のスタイルルールを決めておくことは日本語・英語を問わず重要ですが、出稿するすべての執筆者に自社固有ルールの徹底を要求することは、ライターがその媒体専任ででもない限り、少し無理があります(実績のあるライターであればあるほど難しいでしょう)。
そこで必要になってくるのが全体を通して原稿を見れる編集者の視点です。編集者(editor)と校閲者(proofreader)の役割は当然別ですが、校閲者にも総合的に物事を見る編集視点が必要です。ここで言う「総合的」視点には、例えば原稿の内容が一般的事実と異なっている場合にそれを指摘するといったことも含まれます。この広報誌ではありませんが、一例として、最近携わったある英文デザイン案件の支給英文原稿に「Tokyo—the capital of Japan since 1603」というものがありました。デザイン業務としてお請けしたこの案件の場合、原稿の中身は本来私どもの管轄外でしたが、年代表記が事実と異なる点を指摘してお客様にご訂正いただきました。
レイアウト(ゲラ)段階特有のよくある禁則
用語・用字の統一以外でレイアウト校正でよく「赤入れ」をするものに、英文レイアウト特有の次のような禁則項目があります。主に、デザイナー/レイアウターや編集担当者の知識不足や注意力不足が原因となっているものです。
- 見出し/小見出しの大文字・小文字表記の不統一
- Mダッシュ/Nダッシュ/ハイフンの使い分け間違いや不統一
- ウィドウ/オーファン(段落初めの1行や最後の1行の孤立)
- 「まぬけ引用符」(Dumb quotes=真っ直ぐな引用符「'」「"」)の使用
- 横並びコラムのアラインメント不揃い
これらの禁則ついては、私どもが翻訳を担当した『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』(アンドリュー ポセケリ氏ら共著)を含め、いろいろなところで紹介されていますので、ここでは詳しい説明は割愛します。今回はこれらに比べて比較的取り上げられることが少なく、かつ日本人デザイナーや編集者が見落としがちな禁則をいくつか紹介しましょう。
- 1. リード文での不自然な改行
記事の導入部にあたるリード文ですが、日本語原稿では句点や読点の位置など、区切りになる箇所で改行されることがよくあります。翻訳した英文原稿に多いのが、これに準じるような形でリードに改行が入っているものです。グリッド的には同じ行にまだ単語を流し込める余裕があるにもかかわらず不自然な位置で改行されていると、その部分でセンテンスが終わって、次行からはまた別のセンテンスが始まるように見えかねません。詩のようなスタイルの文やウィドウ/オーファンを避けるためなどの例外はありえますが、通常は規定のグリッドに沿って流し込まないと見た目上、不自然です。
特に翻訳原稿で散見されるのが、ほんの2〜3センテンスしかないリードなのに1文づつ改行されているものです。恐らくは、元の日本語原稿が一文ずつ改行されていたために翻訳者も一文ずつ改行した原稿を提出し、それがそのままレイアウトされてしまったというケースです。翻訳とレイアウトが分業であれば、レイアウトのことまで考慮して原稿を提出する翻訳者は多くはありません。だからこそ、総合的に成果物のことを考えられる編集者視点がどこかで必要になってくるのです。
- 2. キャプションの右寄せレイアウトでの不自然な改行
デザイン的に特別な意図を持たせたい場合を除いて、ある程度まとまった分量の原稿を右寄せで組むことは英文ではほとんどありません。右寄せでは行の始まり位置がばらつくため、次行に移る際に読み手の目の動きが大きくなり、読みにくさにつながってしまうためです。英文で右寄せの文字組みが使われるのは、ごく短いボリュームの文章にほぼ限られています。よくあるのがサイドバー型のリードやプルクォート、フォトキャプションなどのケースです。
この右寄せのキャプションで日本人デザイナー/レイアウターがやりがちなパターンが、各行の長さが大きく異なるレイアウト──1行目には10ワード近くも入っているのに、2行目にはほんの数ワードしか入っていないといった例──です。左寄せの場合は行の始まり位置が同じなので、例えば最終行だけが短くてもあまり気になりません。しかし、右寄せの場合、仮に最終行だけが短くても、読み手はその行で目を大きく動かさなくてはならないため、読みづらいと感じてしまうのです。また、前述のリードの場合と同様、元原稿が1文ずつ改行されているために、段落の左端が大きくばらつくという例も散見されます。このような読みにくさにつながるレイアウトは、ぜひとも回避すべきです。写真の下にキャプションを右寄せでレイアウトする場合は、必ずしもテキストグリッドを写真幅いっぱいにする必要はありません。キャプションの長さに合わせて自由にグリッドを定めて各行の長さのバラつきを少なくした方が、読みやすい誌面になるのです。
- 3. 出版物名などの固有名詞・外国語などの表記ゆれ
「表記ゆれ」とは、同じ文書の中で同じ単語が複数の書き方になっている状態のことです。日本語では漢字・仮名表記のばらつきや送り仮名の不統一など、英語では前述のような英・米のスペリングの違いによるばらつきなどがありますが、これらはMicrosoft Wordのスペルチェックの機能などを使えば、ある程度原稿準備段階でチェックが可能です。ここではこのような「スペルチェック」には引っ掛からないケースを取り上げましょう。
一つは、出版物名などの固有名詞の表記スタイル統一です。一般に英語では、新聞・雑誌・書籍などのタイトルは『シカゴ・マニュアル』が推奨するようにイタリック表記にすることが多くなっています(この場合、クォーテーション(引用符)は使いません)。しかし、一方で『APスタイルブック』が推奨するようにイタリックもクォーテーションも使わない書き方もあります。これらの表記は、個々の媒体で決めたルールに則って統一すべきですが、複数の筆者が原稿を書いた場合などに表記スタイルのばらつきが起こりがちです。同様の出版物名がイタリック表記になっていたり、ローマン体で引用符に囲まれていたりといった混在が生じるのです。これは出版物名に限らず、映画やテレビ番組のタイトル、音楽アルバムのタイトルや曲名などについても同様です。
一般にイタリック表記が用いられるもう一つの例が、英語から見た外国語です。例えば、日本の文化や社会などを紹介する記事で、単純に英訳しにくい日本語をローマ字表記にするような場合で、例えば「umeboshi」(梅干し)「wabi-sabi」(侘び寂び)「karoshi」(過労死)といった単語はイタリック表記にします。こういった日本語の一般名詞をローマン体表記で引用符で囲んでいたり、頭文字を大文字にしたりといったケースを時折見かけますが、これらはあまり望ましい表記法ではありません。もっとも、既に英語化して英語の辞書に載っている単語(例、tofu, anime, karaokeなど)については基本的にこの範疇外で、これらは他の英単語と同様の扱いとなります。先に出した例の単語も、いずれ英語として辞書に載って一般化すればイタリックにする必要はありません。(この際の基準となる辞書については、米国では『Merriam Webster』での掲載と用法を確認するのが一般的です)
イタリック表記の扱いについては、もう一つ厄介な点があります。ライターや編集者が準備したWordファイルでイタリック体が使われていたとしても、その原稿をIllustratorやInDesignなどのDTPソフトに流し込む過程でWordでのフォーマッティングが外れてプレーンテキスト状態になるため、出来上がったレイアウトではイタリック設定が外れているというケースがよくあるのです。しかし、いわば「犯人」であるデザイナーやDTPオペレーターが原稿を隅々まで読んで確認しているというケースは稀なので、ここでもやはり編集者目線でのレイアウトチェックが重要となってきます。
- 4. 望ましくないハイフネーション(Bad breaks)
IllustratorやInDesignなどのDTPソフトでテキストにハイフネーション設定をすると、1行にうまく収まりきらない行末の単語は途中でハイフンによって分断されます(この設定はカスタマイズできます)。これを「ワードブレイク」(word break)といいますが、この結果、場合によっては読みにくさにつながる良くない結果(bad breaks)になることがあります。
そのうちの一つは、コラム幅が狭い場合などによく起こるケースで、行末ハイフンが何行も続くパターンです(「hyphen stack」(ハイフンの積み重ね)あるいは「ladder」(はしご)などと呼ばれています)。単語がワードブレイクされて2行にまたがると読み手はその単語を塊として捉えにくくなるため、その分読解スピードが鈍ってしまいます。そのため、『シカゴ・マニュアル』では行末のハイフンが三つを超える場合("more than three")は回避した方が良いとされています。ただ、実際にはハイフンが三つ続くだけでもあまり見栄えの良いものではないので、私どもでは基本ワードブレイクの連続は二つまでになるように注意しています。
これと似たケースに、最初からハイフンが使われている複合語(hyphenated compounds)の扱いがあります。例えば、次のような単語が行末に来た場合、元からあるハイフンの後で自動的にワードブレイクされてしまうことがあります。
- ・self-assessment
- ・anti-abortion
- ・cost-effective
- ・post-acquisition
そうするとごく短い間隔でハイフンが続くため、単語を塊として捉えにくくなります。このような場合は、元々あるハイフンで改行するか、ワードブレイクを避けるかどちらかに調整するのが望ましいです。
さらにもう一つ注意しなければならないのが、人名や社名、商品名などの固有名詞です。特に、一般的な英単語を使っていないような固有名称の場合、ワードブレイクによって意図しない発音をされてしまったり、発音の仕方が分かりにくくなったりする可能性があります。社名や商品名の場合はブランド認知にも関わってきますので、日本的な発音の名称の場合などは特に注意が必要です。そうでなくても、自分たちの名前が途中で分割されてしまうのを見るのは、あまり気持ちのいいものではありません。『シカゴ・マニュアル』にも次のような記載があります。
Proper nouns of more than one element, especially personal names, should be broken, if possible, between the elements rather than within any of the elements.
二つ以上の要素からなる固有名詞、特に人名については、出来ればその要素内ではなく、要素と要素の間で区切るべきである。
出典:『Chicago Manual of Style』 7.42: Dividing proper nouns and personal names
翻訳: デザインクラフト
以上、英文レイアウトを扱う日本人にありがちなエラーを数例ご紹介しましたが、これらのエラーはいずれも読みにくさにつながっています。そういった意味で、こうした細部にまで目が行き届いているレイアウトというのは、ある種「ユニバーサルデザイン」と言えるかもしれません。「グローバル」や「ダイバーシティ」を標榜する企業やメディアであれば、こういった点にも配慮が必要でしょう。
※上記の各校正サンプルレイアウト画像は、この記事用に独自に作成したものです。(他者に帰属するレイアウトなどは使用しておりません)
デザインクラフトでは、英文アニュアルレポート/統合報告書、英文パンフレット/ブロシュアのデザインのほか、和文から英文への差し替えレイアウトなどのご相談も承っております。企画からライティング、翻訳、デザイン〜DTPまで、ワンストップでの対応も可能です。詳細をお知りになりたい方は、Contactよりお気軽にお問い合わせください。
Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』