海外のターゲットに「届く」
英語版会社案内のプレゼンテーションとは?
海外のターゲットに「届く」英語版会社案内のプレゼンテーションとは?
以前のコラム「英文会社案内やアニュアルレポートに『会社概要』は必要か?」で、日本式の「会社概要」を単純に英訳しても海外のターゲットには伝わりにくいというお話をしました。この場合の「伝わりにくい」とは、訴求力が弱いということです。だとすると、海外向けの会社案内やコーポレートサイトは、どのようなコンテンツや表現、見せ方が望ましいのでしょうか?
まずは、目的を明確にすること
海外のターゲットに伝わりやすい英語版会社案内とは?──それを一言で言うことはできません。企業の規模や業態にもよりますし、そもそも「誰に」「何のために」自社を紹介したいかによって、最適解は千差万別だからです。コミュニケーションデザインにおいては、会社紹介であれ、プレスリリースであれ、プレゼン資料であれ、まず考えるべきは「5W1H」、その中でもとりわけ重要なのは「Why」──そのコミュニケーションの「目的」です。会社案内を作る場合、目的を突き詰めれば、自ずと「いつ」(when)「どこで」(where)「誰に」(who)その資料を見せるかが定義され、「何を」(what)「どのように」(how)見せるべきかも明確になるはずです。本来これは当たり前のプロセスですが、こと英語版の会社紹介となると、つい単なる「翻訳」になってしまい、肝心なプロセスが抜け落ちてしまう日本企業が案外多いようです。
なぜ英語版の会社案内が必要なのか──まずはそこを突き詰めることが大切です。例えば、国際的な見本市やイベントに参加するから? それは何のためでしょうか? 自社の製品を海外で販売したいから? それとも、海外の製品やサービスを仕入れたいから? あるいは、海外からの投資を期待していたり、国際的な人材をリクルートしたいからでしょうか? これらの目的によって、会社紹介としての最適なフォーマットやコンテンツは変わってきます。
あなたの会社が日本で行っている事業活動と海外で行っている(あるいは行おうとしている)事業活動の幅の違いを意識することも大切です。人事・経理・財務といったコーポレート部門の事業活動も含めて考えれば、日本語の会社案内で紹介している内容を全て海外のターゲット層向けに紹介する必要はないかもしれません。海外向けの目的がある程度絞り込めるのであれば、その目的をより達成しやすい形のプレゼンテーションが望ましいのは言うまでもありません。
たとえば、海外市場の開拓が主目的なのであれば、海外展開しようとしている商品やサービスを軸にした構成が望ましいでしょうし、海外の商品を輸入販売したいのであれば、日本国内での自社の販売力や実績を中心に訴求すべきでしょう。あなたの会社や業態に対する認識が日本国内と海外では違う可能性があることも意識すべきです。IR目的の場合は、業績や成長性、経営者のビジョンなどが重要になってきます。いずれの場合においても最も大切なのは、あなたの会社と付き合うメリット(ウリや特徴)やベネフィット(恩恵)をターゲットに感じさせることです。
相手のベネフィットを直接的な表現で伝える
メリットやベネフィットの訴求と言う点に関して、日本語は英語に比べて少し弱い面があります。日本語というより、日本文化そのものの弱点と言って良いかもしれません。欧米の文化が「主張する」文化なのに対して、日本の文化は「察してもらう」ことを良しとする傾向があります。あまり出しゃばらない、控えめな態度は日本人の美徳と言えますが、日本文化に精通していない多くの外国人にとって、そういった表現は回りくどく、わかりにくいものに聞こえてしまう可能性があります。B-to-Cの場合はまだしも、特にB-to-Bやコーポレート広報の場合にその傾向が顕著です。
例を見てみましょう。下の画像は、日本が世界に誇る自動車メーカー・トヨタと、アメリカNo.1の自動車メーカー・ゼネラルモーターズ(GM)のウェブサイトの「Company」セクション(英語版)トップページの比較です。
Sources: Toyota website- Company - Overview; General Motors website- Company - About Us
世界に名だたる一流企業のサイトですから、訴求対象たるステークホルダーは多岐に亘ります。ですから、ここでは幅広く会社の存在意義(=企業価値)をアピールすることが一義的な目的になるでしょう。そういう意味で、いずれの会社もページの上の方でコーポレートスローガンを述べています。
GM
We pioneer the innovations that move and connect people to what matters.
[和訳] 私たちは、人々を動かし、大切なものにつなげるイノベーションを開拓していきます。
トヨタ
Toyota strives to be a strong corporate citizen, engaging with and earning the trust of its stakeholders, and to contribute to the creation of a prosperous society through all its business operations.
このふたつの英文ブランドメッセージ(タグライン)を比べてみて、どちらがより訴求しやすいでしょうか? 答えは明らかでしょう。まず、以前のコラムでも取り上げましたが、20ワードを超えるようなタグラインは直感的にメッセージを受け取るには長すぎます。加えて、「strive to〜」「contribute to〜」といった、日本企業の英文コーポレートメッセージにありがちな表現もあまり望ましくありません。表現が控えめすぎて、ブランドメッセージとしてのインパクトに欠けるのです。上のトヨタのメッセージは、元々次の日本語の「翻訳」のようです。
トヨタはあらゆる事業活動を通じて、豊かな社会づくりに貢献し、すべてのステークホルダーから信頼される良き企業市民を目指しています。
いかにも日本人らしい謙虚な言い回しですが、この企業がどういう方向性を目指しているのか、海外のステークホルダーに響くでしょうか? さらに辛口の意見を言うと、このメッセージは、主語を変えればどんな企業でもそのまま流用できるような内容です。GMの方は、もっと良く練られています。「move」(動かす)という単語は、モビリティ分野の企業として人を「移動させる」ことと、人を「感動させる」ことを掛けていると思われます。その上で、人を「connect」する(繫げる)取り組みにも言及することで、新たな可能性も示唆しています。「pioneer the innovations」(イノベーションを開拓)という表現にも、技術革新を進めるという一定の方向性が示されています。そして、何より表現がシンプルなので、メッセージにインパクトがあります。
日本企業が使いがちな「目指します」や「努めます」「〜してまいります」といったフレーズは、言ってみれば、目標を達成できなったときに備えた予防線を張ったような表現です。多くの日本人には無意識にそのような感覚が備わっているため、自ずとそれに準じた表現になるのでしょうが、それをそのまま英訳しても、欧米人には回りくどいものに聞こえてしまいます。官房長官の記者会見のような雰囲気で、尻込みしているような気概のなさすら感じさせてしまうかもしれません。日本語版の英訳だから仕方がない──そういう割り切り方もあるかもしれませんが、トヨタほどのグローバル企業の場合、それはちょっと苦しい言い訳になってしまうでしょう。
読み手が直感的に理解できるような見せ方を意識する
この2社のページを比較すると、プレゼンテーション(見せ方)にも違いがあります。GMのサイトでは、上で述べたコーポレートメッセージがページの目立つ位置にセンタリングでレイアウトされているのに対し、トヨタのメッセージは本文扱いで、そのメッセージを読み手に感じ取ってほしいという積極的な意図が感じられません。メッセージを直感的に受け取ってもらう上では、ビジュアルとの相関関係や相乗効果も大切ですが、オーディエンスのイメージを膨らませるような情緒的な仕掛けも、トヨタのページにはほとんど見られません。
こういった傾向は、トヨタに限らず、日本企業のコーポレートコミュニケーションによく見られるものです。総じて言えば、日本企業は、コーポレートコミュニケーションにおいて、定量的な情報を羅列する傾向が強いように思えます。以前のコラムで述べた、日本式の「会社概要」はその典型です。一方、欧米企業は、定性的な情報を重視する傾向が強いと言えます。経営陣の実際の写真も含め、その人となりや考え方を伝えるコンテンツもより多く見られます。
見せ方の面で言えば、日本企業は要点をアイテマイズする見せ方が主流です。短い単語や熟語を箇条書きで並べるような見せ方で、ある種「事務的」な雰囲気がします。これに対し、欧米企業は、キャッチーな見出しと1〜2文のセンテンスで見せる方法が一般的です。このことは、上のトヨタとGMのサイトの比較にも現われていますし、日本第一の金融グループ 三菱UFJフィナンシャルグループのウェブサイトの「About」ページと米国随一の金融グループ JPモルガン・チェースの「Who We Are」を比べた下の画像でも明らかです。
Sources: JPMorgan Chase & Co. website - Who We Are; MFUG website - About MUFG
読み手の情緒に訴えかけるような表現に慣れている海外のオーディエンスにとって、無味乾燥な日本式のプレゼンテーションは、「もっとこの会社のことを知りたい」というモチベーションを起こさせるには物足りないのです。同様の「物足りなさ」は、業績や実績、会社の規模などを示す数値(定量)情報の見せ方についても言えます。日本企業は画一的なグラフや表で数値を示しがちですが、欧米企業は、強調したい数値を実際に目立たせる形でデザインし、インフォグラフィックなども効果的に用いて視覚的にアピールします。このことは、上のJPモルガン・チェースのページからも見てとれます。
「相手の気持ちになって物事を考えよ」というのは、私たち日本人が子供の頃からよく言われてきたことですが、海外向けのコーポレートコミュニケーションにおいても、そういったアプローチを忘れないようにしたいものです。
デザインクラフトでは、英文アニュアルレポート/統合報告書、英文パンフレット/ブロシュアのデザインのほか、和文から英文への差し替えレイアウトなどのご相談も承っております。企画からライティング、翻訳、デザイン〜DTPまで、ワンストップでの対応も可能です。詳細をお知りになりたい方は、Contactよりお気軽にお問い合わせください。
Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』