「内部のチャンピオン」? ── “Internal champion”って何?
最近翻訳したあるビジネス関連の文書に "internal champion" という言葉が出てきました。ここ数年、海外のマーケティングやB2B営業、CRM(顧客関係管理)関連の文章でよく使われるようになってきた言葉のようですが、一体どんな意味かご存じですか?
"Internal champion" ──直訳すると「内部のチャンピオン」です。「中で偉そうにしている人」=内弁慶? と思いたくなってしまいますが、それではどうにも前後の文脈につながりません。あまり聞きなれない表現だったのでGoogleで検索してみましたが、日本語訳を示しているサイトは見当たりませんでした。しかし、海外の英語サイトでは頻出しているようで、例えば次のような見出しが飛び込んできました。
- How to Develop Internal Champions
- The Essential Guide to Building an Internal Champion
- How to be an Effective Internal Champion
これらの見出しに見られるように、"Internal Champion" はどうやら「つくる」あるいは「なる」もの、それも内弁慶のようなマイナスイメージではなく、どうも肯定的なもののようです。英文記事の中身をもう少し詳しく読んでみました。例えば、SpiroというアメリカのCRMソフトウェア企業のウェブサイト(ブログページ)に次のような分かりやすい説明がありましたので、少し長いですが引用します。
Why Do I Need an Internal Champion?
(なぜ "Internal Champion" が必要なのか?)
"You aren’t always going to get to meet the decision-maker right away. Or, they may have too many concerns about cost, or simply not want to put in the effort to purchase something new. Sometimes, you, a salesperson who they may not know or care about whatsoever, aren’t enough to convince them to buy (no matter how persuasive you may be). Employees at the company are likely to have already developed credibility, connections, and company intelligence- making them a great secret weapon for salespeople like us!
Use your sales magic to convince the people that the decision makers interact with everyday that they absolutely NEED your product. The big guys may have more influence individually, but if an employee loves your product and convinces their entire team to love it too, you have an army of people on your side."
(訳文)
[営業を行う際] ディシジョンメーカーにすぐに会えるとは限りません。また、彼らはコストに対して非常に厳しい場合が多いですし、新しいものを購入するのに単にあまり労力を掛けたくない場合もあります。一営業担当者であるあなたのことを彼らが知っていたり、気に掛けてくれたりするケースは考えにくく、(たとえあなたがどんなに説得上手であっても)あなただけの力で彼らに購入を受け入れさせるのは難しいでしょう。一方、その会社の社員は、既に信頼や関係性を構築し、社内の情報にも精通していると考えられます。つまり、彼らは私たちのような営業担当者にとって力強い秘密兵器になることができるのです。
ここで魔法の営業手段を使います。ディシジョンメーカーたちが日々接していてあなたの会社の製品を絶対的に必要としている人たちを説得するのです。お偉いさんの方が個人的な影響力は大きいかもしれません。しかし、あなたの会社の製品にほれ込だ社員一人が周りのみんなにもその製品を気に入るよう説得してくれるとしたら、あなたは多くの味方を得ることになるのです。
Spiroウェブサイト:「The Essential Guide to Building an Internal Champion」より引用
翻訳: デザインクラフト
上の引用文で何となくお分かりいただけたのではないかと思います。つまり "internal champion" は「(当事者を)支持して、自分の周りの人たちに推薦や説得をしてくれる人」といった意味です。日本語訳を示しているサイトはなかったと最初に述べましたが、"internal champion" としてしてではなく "champion" だけで辞書を引くと「擁護者」や「推進派」といった意味が載っています。(ちなみに "champion" には「擁護する」「支持する」という動詞の意味もあります)
「気に入ったから、他の人にも薦める」
さて、ここからが翻訳の領域ですが、それでは実際の文中に出てくる "internal champion" には、どのような訳語を与えるのが相応しいでしょう? これは正直なかなか難しい課題です。実際、Google でこの言葉を検索していただくと分かりますが、英語でもこの言葉は比較的新しい概念のビジネス用語で、しかも、検索で上がってくる文章の多くが "internal champion" とは何か、なぜ大切なのかといった論旨になっています。逆に言うとビジネス以外の文脈で使われている例はほとんど見当たりません。出てくる文章は、例えば次のようなものです。(和訳例は後述)
例1)
The manager who loved the product, and in my mind represented the internal champion in the company, would need to get further approvals from executives in charge of procurement.
例2)
Having an internal champion to work with not only makes my job easier, it makes it possible.
例3)
Developing internal champions is only one of the success factors in major accounts. It is, however, one that deserves a little more attention.
心得のある方は、和訳を試してみてください。"champion"については前述のように「擁護者」や「支持者」「推進派」などを充てればそれなりに意味は通じると思います。一方 "internal"の方はもう少し厄介です。そのまま訳せば「内部」なので、この二つを組み合わすと「内部支持者」「内部の推進派」などとなります。しかし、「内部」という単語だけでは何の内部か分かりませんし、この日本語は(「内部告発」のように)何だか少し陰鬱な響きもあります。かといって「社内」という語も適切とは言えません。その組織が「会社」とは限らないということもありますが、「社内」という表現は、通常その当事者が属している会社と捉えられるケースが多いからです。例えば、上記の例1)の前半部分に「社内」という訳語をあてて次のように訳してみたとします。
- 「製品を気に入ってくれた管理職を、私としては社内の支持者だと思っていたのだが...」
間違いではありませんが、この訳文だと「管理職」と「私」が同じ会社に属しているようにも聞こえてしまいます。ですから、この "internal" を訳す際には文脈に合わせて多少補足を入れた方が良いと思います。一方、再度 "champion" に話を戻すと、この言葉には最初の訳例のところで紹介したように、次の二つの行動の両方をやってくれる人という意味が含まれています。
(1) (当事者が推薦する品/サービスなどを)支持する人
この行動だけを取り上げると次のような単語が思い浮かびます。
- 「支持者」「擁護者」「後援者」「推進派」
そして、その上で
(2) (その品/サービスなどを)他の人に推薦する人
この行動に対して挙がる単語はと言えば、
- 「推薦人」「推奨者」「奨励者」「プッシュしてくれる人」「説得してくれる人」
などでしょうか。この(1)と(2)の両方を行なってくれる人を言いたいわけですから、いずれかのみの意味をとった「支持者」や「推薦者」ではどうも言い足りないわけです。そこで、(1)と(2)の両方を行う人の意味に近い日本語を探してみました。
- 「シンパ」「味方」「応援団」「応援団長」「サポーター」
あるサイトで "champion"に対して「旗振り役」という語を提言しているものも見つけましたが、「旗振り役」の場合、自ら率先して行動を起こすリーダー/先導者のイメージがあり、他人の提案を支持・応援してくれるという "internal champion" で言いたい意味とは若干違う気がします。「インフルエンサー」や「キーマン」なども曲解すれば(あるいは文脈によっては)使えなくもありませんが、やはり少し違います。「気に入ったから、他の人にも推める」というニュアンスをいかに出すかが重要なのだと思います。
別の場所で共に戦ってくれるファン
以上を踏まえた上で、前述の3つの例文を訳してみました。
例1)
The manager who loved the product, and in my mind represented the internal champion in the company, would need to get further approvals from executives in charge of procurement.
製品を気に入ってくれた管理職を私としてはその会社内で自分を応援してくれる存在だと思っていたのだが、彼は購買担当役員からのさらなる承認を得なければならなかった。
例2)
Having an internal champion to work with not only makes my job easier, it makes it possible.
応援団を持つことで、仕事が楽になるばかりかその実現につもながります。
例3)
Developing internal champions is only one of the success factors in major accounts. It is, however, one that deserves a little more attention.
取引先の社内にサポーターをつくることは、大口の顧客をものにする際のポイントの一つにすぎません。しかし、それはもう少し注目に値するポイントです。
以上の訳例では、まず "internal" の部分について文脈に合わせて補足をしたり、逆に訳を割愛したりしています。例1)と3)では誰の会社内なのかを補足。2)については、特定の会社のことを言っているわけではなく一般的な考え方を述べている文なので、紛らわしさの残る「社内」などの表現はあえて割愛しています。一方、"champion"については、バリエーションを示すために3つの例であえて少し違う表現にしましたが、それぞれに入れ替え可能です。
このように「気に入ったから、他の人にも推める」というニュアンスに一番近いコンセプトは、おそらく「応援」ではないでしょうか。そして、上記の例文のいずれに入れても一番しっくりくる言葉は「サポーター」なのかなと思います。単なるファンではなく、好きなチームが勝つように能動的に行動を起こす意味が感じられるからです。「チャンピオン」という言葉が持つ「トップ」の意味から「応援団長」という言葉も考えてみましたが、最新のビジネス事情について述べる文章が多いことから考えると、これは文字通りバンカラ(これ自体古語)すぎる気がします。
なるべく短い表現で考えるとすれば、「社内のサポーター」というのがおそらく一番しっくりくる表現なのではないでしょうか(「社内」については文脈に応じて要調整という条件付きで)。もっとも昨今の経営学関連のコンセプトは欧米の受け売りが多いので、単純な日本語に訳しにくいこの言葉もやがては「インターナル・チャンピオン」というカタカナ表記が一般的になるような気がします。ただ、翻訳者としては、日本語として一般化していないカタカナ表記はなるべく用いないのが鉄則なので、今回一考してみたという次第です。ご参考になれば幸いです。
Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』