「経営資源」の英訳って
「managerial resources」でいいの?
「経営資源」の英訳って「managerial resources」でいいの?
企業の統合報告書の英訳や英語版レイアウトのお仕事をさせていただく中で、いつも要注意だなと思うビジネス用語のひとつに「経営資源」があります。多くの日本企業がこの用語を「managerial resources」あるいは「management resources」と英訳しているのですが、これらの表現、英語圏では「経営資源」の意味としてはほぼ使われていないことをご存じでしょうか? 何気なく使っていると、別の意味に捉えられてしまう可能性もありますので注意が必要です。
「経営資源」とは?
そもそも日本語の「経営資源」とは何を指すのでしょうか? ウェブサイトで検索してみると、すぐにその定義を示したページがいくつも出てきます。「コトバンク」での定義が比較的わかりやすいので引用してみましょう。
経営資源(けいえいしげん)
managerial resources
企業のもつ技術力、経営管理能力、マーケティング能力、資金調達力、そのほか企業内で開発・蓄積された種々のノウハウなどを一括して経営資源という。(中略)このような経営資源の概念は、イギリスの経済学者E・T・ペンローズが『会社成長の理論』The Theory of the Growth of the Firm(1959)で示したもので、企業成長論の分野でしだいに認められるに至った。
出典:コトバンク
このほか、いくつかのサイトが「4つの経営資源」として「①ヒト、②モノ、③カネ、④情報」を挙げたり、さらにそこに「⑤時間、⑥知的財産」を加えて「6つの経営資源」として紹介しています。要するに「経営資源」とは、企業が事業を行う上で必要となる資源あるいは資産のことで、日本語ではそのまま文字通り解釈できる言葉だと言えるでしょう。
「Management resources」は、英語版Googleでほとんどヒットしない
それでは、この「経営資源」にあたる英語は何でしょうか? 上の「コトバンク」の定義にちゃんと「managerial resources」と載っているじゃないかと思われるかもしれません。現に、辞書サイトで検索したり、Google翻訳やDeepLなどの自動翻訳を使っても、大抵は次の二つのいずれかまたは両方が出てきます。
・ Managerial resources
・ Management resources
辞書にはっきりと出てくるのですから、多くの人は特に疑問を抱くことなく上の二つのいずれかを用いるでしょう。「ネイティブ翻訳者」と言われる人でもその傾向は強いと思います。しかし、あくまで英語として見た場合に、ひとつの疑問が湧きます。 それは、「management」という英単語は、本来、日本語の「管理」 の意味で使われるのが一般的であって、その語単独で「企業経営」の意味として使われることはほぼないということです。 (このことについては、以前のコラム【「中期経営計画」の英訳って「Mid-Term Management Plan」でいいの?】でも取り上げていますので、ご参照ください)
試しに、「management resources」をGoogle英語版(google.com)で検索してみました。すると、ブラウザ右上に表示される最も関連のある定義を含め、ほとんどの検索結果が「management resources」ではなく、「resource management」(リソース管理、資源管理)を表示しました。検索では2番目に「Management Resources」が出てきましたが、そちらはそういう社名の企業のサイトでした。つまり、Googleが「『resource management』の間違いじゃない?」と判断してしまうくらい、「management resources」という言葉は英語圏で一般的ではない のです。
Google.comで「management resources」で検索しても、「resource management」の方が多く上位に表示されます。
「Managerial resources」は、リーダーとしての資質や能力のこと
もう一方の「managerial resources」はどうでしょうか? こちらもほぼ同じような結果でした。やはり「resource management」を代替候補に挙げたほか、「managerial skills」や「organizational resources」といった語も挙がってきました。ただ、検索結果の最上位には、次のような用語定義も表示されました。
Managerial resources refer to intangible assets in the form of managerial skills. Managerial capabilities denote the capacity of managers to run organizations, and to make and implement strategic and operational decisions by directly affecting and coordinating other resources, inputs and capabilities.
【和訳】
「managerial resources」とは、マネジング能力という形の無形資産を指す。マネジング能力とは、他のリソースやインプット、能力に直接影響を与えたり、調整したりすることによって、組織を運営したり、戦略上・運営上の意思決定を行い、実行する管理者の能力を指す。
出典:Google.comでの「managerial resources」の検索結果より
上の和訳で「管理者」と訳している部分の元の英語は「manager」です。ですから、ここを「マネジャー」もしくは「経営者」と解釈することも可能です。ただ、「managerial resources」としてヒットするこのような結果はマネジメントに関する学術論文のようなものが多く、「managerial resources」という語もやはりさほど一般的でないと言えます。そして、「managerial resources」という語を使った場合、それは「ヒト、モノ、カネ、情報」のような会社の資産を指すのではなく、管理者(会社の管理者であれば、経営者)が人材を管理する上で保有している能力のことを指すのが一般的なのです。
「Managerial resources」と言えば、マネジング能力という無形資産の意味に解釈されます。
「経営資源」にあたる英語は何?
では、「経営資源」にあたる英語は一体何なのでしょう? それを確認するのは実は簡単です。なぜなら、この言葉は、元々エディス・ペンローズ(Edith Penrose)というアメリカ生まれのイギリス人経済学者が提唱したコンセプトから来ているもの──つまり元が英語だからです。ウィキペディアの英語版で「Edith Penrose」を調べてみると、次のような一節がありました。
Penrose is considered to be the first economist who posited what has become known as the Resource-based view of the firm. Strategic resources are those which are rare, difficult to duplicate, valuable, and over which a firm has control. Resources can be raw materials, such as a gold mine or oil well, or intellectual, such as patents, and even trademarks and brands (such as the valuation of the Coca-Cola brand).
【和訳】
ペンローズは、企業の「リソース・ベースド・ビュー」(RVB:資源ベース理論)として知られるようになったものを提唱した最初の経済学者とされている。戦略的資源とは、希少かつ複製が困難で、価値があり、それに対する管理能力を企業が有しているもののことを言う。[この場合の]「資源」とは、金鉱や油田などの原料であったり、特許などの知的財産であったり、さらには商標やブランド(例えば、コカ・コーラ・ブランドの評価など)であったりする。
出典:ウィキペディア
この説明に出てくる「リソース・ベースド・ビュー(RVB)」というカタカナの経営学用語については、次のような定義を簡単に見つけることができます。
リソース・ベースド・ビューとは、企業ごとに異質で、複製に多額の費用がかかる経営資源(リソース)を活用することによって、企業は競争優位を獲得することができるという、経営資源に基づく戦略論。
出典:グロービス経営大学院ウェブサイト MBA用語集
RBV(リソース・ベースト・ビュー)とは
企業内部の経営資源に競争優位の源泉を求めるアプローチ。
出典:ウィキペディア
これらの説明からもわかるように、日本語で「経営資源」と言われているものの元の英語は、単に「resource(s)」です。実はウィキペディアで日本語の「経営資源」を検索してみても、次のように定義されています。
経営資源とは経営学用語の一つであり、エディス・ペンローズによって提唱された。リソースとも言う。
出典:ウィキペディア
もうお分かりいただけたでしょう。日本で「経営資源」の訳語としてよく使われている「managerial resources」や「management resources」は、「経営」と「資源」という二つの単語の単純な訳をくっつけたものにすぎないのです。企業の経営に関わる「resources」ですから、文脈によって「company resources」、「organizational resources」「business resources」といったように、必要に応じて前後に形容詞や所有格が付くことはもちろんあります。しかし、この経営学用語の意味がきちんと分かっている人であれば、「managerial resources」や「management resources」(普通に解釈すると「(人材)管理上の資源」といった意味になってしまう)とは決して言わないはずです。経営学で用いる「resource」の意味については、その定義を分かりやすく解説したウェブページがありましたので、最後にそちらからの文章を引用しましょう。
What Is a Resource?
In the context of business and economics, a resource is any factor that’s necessary to accomplish a goal or carry out an activity. In short, they are the components that a business needs in order to do business. Resources often include employees, working space, equipment, or capital.
【和訳】
リソース(経営資源)とは?
ビジネスや経済の文脈で言う「リソース(経営資源)」とは、目標を達成したり、活動を実行したりするために必要なあらゆる要素を指す。つまり、事業を行うために必要な要素のことであり、通常そこに含まれるものとしては、従業員、業務スペース、設備、資本などがある。
出典:アーカンソー大学グランサム「A Guide to Organizational Resources and How to Manage Them」
あなたの会社の「経営資源」の英訳は正しい表現になっているか、今一度確認してみてください。
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Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』