「中期経営計画」の英訳って
「Mid-Term Management Plan」でいいの?
近年、日本の上場企業がこぞって策定するようになってきた中期経営計画(中経)は、多くの場合、英語版でも開示されていますが、その英文名はほとんどが「Mid-Term Management Plan」もしくは「Medium-Term Management Plan」となっています。これらの表現、実は内容にそぐわない「変な英語」なのをご存じですか?
海外に「中経」は存在しない
まず大前提として理解しておくべきことがあります。それは、日本企業が「中期経営計画」と呼ぶ開示資料は日本独特のもので、海外には存在しないということです。ですから、これと同様のものを表す慣用的な英語表現は存在しません。日本企業が当たり前のように「Medium-Term Management Plan」と言っても、海外の一般人にはそれがどんなものを指すかをイメージするのはそもそも難しいのです。試しに英語版Google(google.com)で「Medium-Term Management Plan」と検索してみても、表示されるのは日本企業のサイトばかりです。
海外企業が日本企業のような「中期経営計画」を発表することはありません。
欧米企業が中計を発表しないのは、大和総研のレポート『なぜ米国企業は中計を発表しないのか』(2015年10月22日)にあるように、「不確実性の高い中長期の経営計画を発表することは、経営者にとってリスクが大きい」(同レポート)ためです。不確定要素の多い将来の目標を具体的数値で提示した場合、その目標が達成できないと分かった時点で株主に責任を問われかねないのです。
このスタンスは、コーポレートレポートなどの経営者メッセージにも顕著に現れています。以前のコラム(「“We aim to ...” だの、“Aiming to ...” だのと言っている日本の社長メッセージの何と多いことか……」)でも取り上げたように、日本企業の経営者メッセージには「〜をしてまいります」という目標宣言が多いのに対し、欧米企業の経営者のメッセージは、「〜を成し遂げました」という成果報告が中心です。海外投資家の株主比率が高い日本企業の場合は、こういった点にも一定の配慮が必要でしょう。
「Management」=「管理」と理解すべき
そもそも「中期経営計画」自体のイメージが希薄な欧米人に、日本企業が使っている「Mid-Term Management Plan」や「Medium-Term Management Plan」はどのように響くのでしょうか? ある程度日本通の海外投資家であれば、半ば既成化しているこの和製英語を理解できるもしれませんが、一般の英語ネイティブの感覚でまず「何?」と思うのは「management」という言葉です。
和英辞典で「経営」を引くと、「management」という単語が当たり前のように出てきます。しかし、この単語のみで、日本語で言う「(企業の)経営」の意味に捉えられることはほぼありません。「management」は「経営陣」という意味では頻繁に用いられますが、「企業経営」という概念自体を指すことはなく、それを言うなれば「corporate management」もしくは「business management」となります。
単純に言うと、「management」という単語の最も適切な和訳は「管理」です。ですから、この語は大抵の場合、「〜 management」と熟語にして使われます。「project management」(プロジェクト管理)、「financial management」(財務管理)、「personnel management」(人事管理)然りです。そういう意味では日本人が一般的に言う「経営」は、英語的には「企業管理」あるいは「事業管理」と考えた方が適切でしょう。
ピーター・ドラッカーが提唱した「マネジメント」も「経営」と訳すには少し違和感があります(ゆえにカタカナ表記で『マネジメント』とされることが多いのでしょう)。この場合、「management」は「組織の中の人をいかに動かすか」という意味合いで捉えると良いでしょう。かつて私がアメリカの大学に留学していたとき、「Management」という科目を履修しました。会社を運営する上での実務的ノウハウなどを教えてもらえると思って受けたのですが、実際の講義の内容は、人をいかにその気にさせて動かすかについてでした。英語で野球の監督のことを「manager」と言いますが、「組織(チーム)の中の人を動かす人」と考えれば分かりやすいかもしれません。この場合の「management」は、「leadership」と言い換えても良いでしょう。
日本企業の「経営計画」は「事業計画」
翻って「management plan」という言葉──これだと「管理計画」の意味になります。何を管理するのか分かりません。もう少し想像力を働かせてみれば、「人をどうやって動かすかを示した計画」という解釈はできるかもしれません。「人心掌握プラン」のようなイメージです。しかし、日本企業の「中期経営計画」はそういうものでょうか? もちろん、違います。ご存じのように、3〜5年先の定性・定量の目標や事業戦略/計画を提示するものです。
つまり、日本企業の「経営計画」は、英語の感覚で考えれば「事業計画」(business plan)もしくは「事業戦略」(business strategy)と言う方が、内容的には相応しいのです。にもかかわらず、単語レベルで直訳してしまう企業が多いため、「management plan」という誤った表現が、半ば定着してしまっているのです。
加えて厄介なのは、多くの場合、日本企業の中計が固有名詞化されていることです。多くの企業が「中期経営計画 Vision 20XX」といった名称を付け、それを「Medium-Term Management Plan: Vision 20XX」などと英訳しています。私どもが「『Management Plan』は内容的に不自然な英語ですよ」と指摘しても、「定訳として既にその表現を使っているから、今さら変更できない」というお客様が多いのが実情で、その状態が少なくとも計画の期間中(3年程度)は続いてしまいます。そういった事情のせいか、たとえ英語ネイティブの翻訳者に依頼したとしても、あまり深く考えず(あるいは逆に事情を忖度して)単純に「management plan」としてしまう訳者も多いようです。このコラムを読んでいただいた企業担当者様には、次の中計を発表するタイミングなどで、ぜひ英語表現を見直していただきたいです。
「Mid-Term」は「中期」でなく「中間」
「中期経営計画」を英語にする際、もうひとつ気を付けるべきことがあります。「中期」の英訳です。多くの日本企業がこの「中期」を「mid-term」と英訳しているのですが、「mid-term」はある一定の期間(term)の中間点を指す言葉で、日本語にすると「中期」ではなく「中間」です。
「Mid-term」は中間という意味(アメリカの中間選挙報道より)
2022年にアメリカで中間選挙が行われましたが、この中間選挙は英語で「midterm election」といいます。大統領の任期の中間点で行われる選挙だからです。同様に、学校で学期の中間点で行われる「中間試験」は「midterm exam」、もしくは単に「midterm」といいます。期間の長さを表す「中期」の場合は、「mid-term」ではなく「medium term」というのが正解です。
残念ながら不自然な表現が氾濫してしまっている「中期経営計画」の英訳ですが、今後少しずつ改善が進むことを願います。また同様に、日本企業がよく使う「経営方針」や「経営理念」などについても、「経営」部分の訳として「management」が適切なのかは注意が必要で、そこで述べられている「方針」や「理念」の内容をよく確認した上で、正しい言葉を選択するようにしたいものです。
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Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』