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4/16/2020

 

欧文タイポグラフィにおける「オーバーシュート」

Overshoot of Typography

新型コロナウイルスによる自粛要請の記者会見で話題になった言葉「オーバーシュート」。
実は欧文タイポグラフィ(文字のデザイン)でも使う言葉だということをご存じですか?

 
 
新型コロナウイルスの拡大が続いています。1日も早い終息を祈るばかりです。3月25日の東京都小池知事の外出自粛要請の記者会見では、聞き慣れないカタカナ用語の連発が議論を呼びました。その中で「感染爆発」の意味で「オーバーシュート」という言葉が使われました。
 
 

5分50秒付近で「オーバーシュート」に言及

英語の “Overshoot” に「感染爆発」の意味はない

 
英語にスペルアウトすると「overshoot」で、この英単語自体はごく一般的には(ある地点を)「行き過ぎる」「通り過ぎる」という動詞もしくはその状態を指す名詞(「行き過ぎること」)です。例えば、飛行機が着陸時に滑走路を行き過ぎてしまった場合に、“The plane overshot the runway.” と言ったりします。つまり、ある一定のラインを超えてしまうという意味合いの単語であって、都知事の会見にあった(少なくともそういうニュアンスに聞こえた)「爆発的増加」「急拡大」といった意味は英語にはありませんし、実際に英語圏では今回のコロナウィルスに関し、そういった意味で “overshoot” という単語は使われていません。(一般的に「感染爆発」の意味で使われる英語は、“outbreak ”で、まさに感染爆発をテーマにした同名の映画(『Outbreak』)もありました。(1995年、ダスティン・ホフマン主演))

タイポグラフィの「オーバーシュート」──まずはベースラインを知る

 
 

この “overshoot” という単語、実は私たち欧文レイアウトデザインに携わるものにとっては少々なじみのある単語です。もっとも、これ自体はレイアウトデザインに直接関係するわけではなく、タイポグラフィ(=文字自体のデザイン)に関する用語なのですが、英語圏の読者にとって読みやすいレイアウトをする上では欧文フォントの性格やタイポグラフィについて知っておくことも大切です。
 
少し専門的になってしまいますが、タイポグラフィにおけるオーバーシュートを説明するには、まず欧文でテキストをレイアウトする際の基本である「ベースライン」について理解しておく必要があります。Adobe Illustrator や InDesign(CC2020)などのレイアウトソフトでは、[文字] パネル内に [文字揃え] という項目があります。通常日本語版のソフトではこのデフォルト設定が [(仮想ボディの)中央] となっています。これは、原稿用紙のマスに例えればそのちょうど真ん中を基準に文字が配置されるということです。しかし、欧文レイアウトの場合はこの設定をデフォルトから [欧文ベースライン] に変更する必要があります。
 
ベースラインは1つの行の高さの基準となるラインであり、欧文の場合はアルファベット大文字の底辺部分がこれにあたります。英語を習いたての子供が書き方の練習をする時に、4本の横線が入ったノートにアルファベットを書いていくことがありますが、その4本線の下から2本めの線がベースラインにあたります(ノートではここだけ他と区別した実線になっていることがよくあります)。欧文でなぜこのベースラインが大切かというと、日本語の文字は「全角」という言葉あるようにほぼすべてが正方形のマスに収まるような大きさ(特に高さ)になっているのに対し、アルファベットは文字によって高さがまちまちだからです。

 オーバーシュート=基準線からはみ出た部分

 
欧文タイポグラフィにおけるオーバーシュート
アルファベットの底辺の基準線「ベースライン」(baseline)に対して、上限の基準になる高さのことを「 エックスハイト」(x-height)といいます。この場合の上限とはアルファベットの小文字の高さですが、特に小文字の上部の高さが平らのもの(例えば、“x” や “z” や “v”)を基準にしています(実際、“x” の高さが基準なので「エックスハイト」と呼ばれるわけです)。この際、例えば小文字の “y” “g” “p” などの下の部分はベースラインより下にはみ出てしまいますが、この下にはみ出た部分のことを「 ディセンダー」(descender)といいます。一方、例えば小文字の “h” や “d” の縦棒の上部分は、エックスハイトより上にはみ出ます。こちらの上にはみ出た部分は「 アセンダー」(ascender)といいます。そして大文字の高さ(書き方ノートの一番上の線)のことを「 キャップハイト」(cap-height)といいます。“cap” は、大文字の意味の “capital” からきており、cap-height は「大文字の高さ」という意味です。
 
先ほど、エックスハイトの基準が “x” や “z” や “v” など小文字の上部の高さが平らのものと言いましたが、では、上部が平らでない文字、例えば、“a” “c” “e” “n” “o” などはどうなっているでしょうか? 実はこれらの丸い文字では大抵のフォントで、上はエックスハイト(大文字の場合はキャップハイト)、下はベースラインから少しだけはみ出たつくりになっています。なぜこのような作りになっているかというと、人間の視覚上「高さが揃っている」と認識させることを意図しているからです。仮に丸みを帯びた文字も全て実際のベースラインやエックスハイトに忠実に揃えたとすると、丸みを帯びた文字は底辺や上辺と接する部分が少ない分、上部が平らな文字に比べて人の目にはほんの少し小さく感じられてしまうのです。
 
このように意図的に「一定のラインを超えた」つくりになっているタイプフェイスで、そのはみ出しの程度のことを「 オーバーシュート」(overshoot)と言います( 上図の赤色の部分)。フォントデザイナーは、こういった一見ほとんど気づかないような微調整を重ねて書体をデザインしているのですね。必ずしも数値情報通りではなく、感覚的にどう見えるか、読みやすいかを意識してデザインすることは、レイアウトデザインにも通じる大事な要素です。また、エックスハイトに関して言えば、一般にエックスハイトの高い(大きい)文字の方が、小さいサイズにしても読みやすいと言われています。何の文字か識別しやすくなるからですが、もし小さいサイズでテキストをレイアウトする必要がある場合には、覚えておいておくとよいかもしれません。
 
ついでに覚えておきましょう── アース・オーバーシュート・デー
 
今回の本題のタイポグラフィから外れてしまいますが、「オーバーシュート」という語に関しては、もう一つ私たちが統合報告書等の翻訳やレイアウト業務で関わることの多い  SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)や  ESG(environment, society and governance=環境・社会・ガバナンス)関連のキーワードがあります。それは、“ Earth Overshoot Day” (EOD) という語です。特に日本語の定訳はないようで、「アース・オーバーシュート・デー」とカタカナ表記されるのが一般的です。
 
これは何かと言いますと、人間による自然資源の消費量が地球が1年間に再生できる自然資源の量を超えてしまった日のことを言います。この日付は年々早まってきており、1970年代には毎年12月頃だったものが、現時点で最新の2019年では7月29日になっています。つまり、この「オーバーシュートの日」をもって一定の基準ラインを超えてしまったことになります。しかし、当然ながら、資源消費量がその日を境に「爆発的に増えた」という意味にはなりません。
 
[ご参考] Earth Overshoot Day. Global Footprint Network

  

(了)
ついでに覚えておきましょう──
アース・オーバーシュート・デー

今回の本題のタイポグラフィから外れてしまいますが、「オーバーシュート」という語に関しては、もう一つ私たちが統合報告書等の翻訳やレイアウト業務で関わることの多い SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)や ESG(environment, society and governance=環境・社会・ガバナンス)関連のキーワードがあります。それは、“Earth Overshoot Day” (EOD) という語です。特に日本語の定訳はないようで、「アース・オーバーシュート・デー」とカタカナ表記されるのが一般的です。
 
これは何かと言いますと、人間による自然資源の消費量が地球が1年間に再生できる自然資源の量を超えてしまった日のことを言います。この日付は年々早まってきており、1970年代には毎年12月頃だったものが、現時点で最新の2019年では7月29日になっています。つまり、この「オーバーシュートの日」をもって一定の基準ラインを超えてしまったことになります。しかし、当然ながら、資源消費量がその日を境に「爆発的に増えた」という意味にはなりません。
 
[ご参考] Earth Overshoot Day. Global Footprint Network

  

(了)

Author 筆者:吉田周市
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。主な訳書に『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』、『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』、『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』など。