日本人が陥りがちな、ネイティブが違和感を感じる英文デザイン
─その3─長すぎる見出し
日本人が陥りがちな、
ネイティブが違和感を感じる
英文デザイン─その3─
長すぎる見出し
記事の見出しというのは、本来、なるべく簡潔な言葉で要点を示し読者の興味を喚起するためのものです。ところが、日本で作られている英訳版の統合報告書やプレゼン資料、広報誌などでは、この定石が守られていないことがよくあります。今回はこの要因と対処法について、翻訳・コピーエディットの視点から見ていきます。
日本語をそのまま英訳しても、良い見出しにはなりにくい
少ない文字数で要点をつかむという点に関して、日本語には元来利点があります。漢字と仮名の両方が存在することで視覚的なメリハリがある上、漢字自体が意味を持つ表意文字であるということです。和文では、読者の目はまず漢字の熟語に引き付けられ、その2〜3字である程度要点をつかむことができます。表音文字のアルファベットではそうはいきません。英文では、見出しは1行か2行、ワード数で10ワード程度までにしておかないと、一瞬で内容をつかむことはそもそも難しいのです。
ところが日本企業の英語版レポートでは、大見出しや小見出しが3行以上になったり、ワード数で10ワードを優に超えるものがよくあります。翻訳の観点から見れば、これはある意味当然です。日本語の文章を普通に英訳すると、その物理的なボリュームは1.2倍から場合によっては1.5倍にまでなります。日本語版で2行に収まっていた見出しでも、3行や4行になってしまうわけです。
こういった問題は、英文紙面の制作工程が分業になっている場合に起こりがちです。構成企画、日本語原稿作成、デザイン、翻訳の担当者が前後の工程を意識せずに作業している場合です。デザイナーの立場からすれば、3行や4行にもなる大見出しや小見出しは非常に扱いにくく、スペース上の制限も生じるため、無理矢理詰め込むようなおざなりなレイアウトデザインにせざるを得ません。逆に言えば、こういった英文紙面作成の作業をトータルに見ることができる編集者がいれば、デザインをする前あるいはその過程である程度問題を解消できるはずです。
対処法1:見出しをコピーエディットする
ひとつ目は、日本語版通りの訳を採用しない、つまり英文をコピーエディット(編集)することです。厳密には、一旦翻訳した英文をリライトする形であれば「コピーエディット」、日本語から直接英文コピーに仕上げるのであれば「トランスクリエーション」(クリエイティブ翻訳)ということになります。
例えば、日本企業の社長メッセージの見出しなどでよく見られる、「〜として、...を目指します」や「〜として、...してまいります」といったフレーズをそのまま訳すとかなり長い英文になってしまいます。これを英語の見出しに相応しい簡潔な表現にしたければ、前半(「〜として」)か後半(「...を目指します」)いずれかの主旨に絞り込むような編集が望ましいでしょう。
例を見てみましょう。ある有名企業の数年前のレポートの社長メッセージの大見出し(ヘッドライン)に次のようなフレーズが使われていました。
和文版
皆さまに選ばれ続ける「バリューパートナー」として、企業価値の持続的向上に努めます
英文版
Aiming to achieve sustained gains in corporate value as the "Value Partner" that customers continue to select
この英訳自体疑問の余地がありますが、それを別にしても、17ワードもある見出しは一目で内容をつかむには長すぎます。標準的な長さにしたければ、例えば次のような編集ができると思います。
案1
Improving enterprise value remains our top priority
案2
Our effort to enhance enterprise value will never cease
案3
How we remain our customer's most valuable partner
いずれの案も和文の前半か後半かに焦点を絞った表現にしています。前述のように、このような作業はもはや「翻訳」の領域ではありません。コピーエディットあるいはトランスクリエーションとなりますので、私どもの場合、翻訳プラスアルファの費用をいただいています。
対処法2:日本語を編集してから翻訳にまわす
なるべく簡潔な英文らしい見出しを通常の翻訳以上の費用をかけずに作りたいという方もいらっしゃるでしょう。その場合も方法はあります。英文版作成に先立って、翻訳用に和文を編集してから翻訳会社や翻訳者に発注するのです。上の例であれば、「企業価値の向上は今後とも当社の最重要課題です」とか、「お客さまにとって価値あるパートナーであり続ける方法」といった原稿に編集してから翻訳を発注するわけです。これは、英文コピーエディターに任せるひとつ目の方法より、ある意味無難な方法と言えます。ある程度意図した主旨通りの英文に仕上がるからです。とは言え、あくまでも「翻訳」なので、コピーとしての訴求力などの点において多くは期待できません。
この方法で発注する場合、重要なポイントがあります。それは、日本語として多少不格好でも、英語にしやすい日本語にしておくということです。特に、翻訳をする側の立場から言うと、動作の主体(主語)が明確にわかるようにしていただくと助かります。日本語の見出しは体言止めが多いほか、スローガンなどでは「〜を目指して」「〜に向けて」のような副詞止めも多くあります。そのようなフレーズは主語が曖昧なことが多く、英語にしにくい場合が往々にしてあるのです。それを「翻訳」と割り切って主語を曖昧なまま訳すと、英語ネイティブの読者にとってよく伝わらない表現になってしまいがちです。
また、「〜を推進」「〜を構築」といった体言止めや、「〜を目指して」といった副詞止めの日本語をそのまま訳した場合、「〜ing ...」という動名詞句になることがよくありますが、このようなフレーズをメッセージ性を持たせたい見出しやスローガンに多用するのはお勧めできません。これらの動名詞句は、どちらかと言えば客観的・事務的、あるいはいかにも翻訳という感じがあり、どちらかと言えば心に響きません。動名詞以外の通常の名詞句や、主語・動詞がはっきりとしたセンテンス(節)の方がインパクトがあり、印象に残りやすいのです。
実際、英字新聞や英文雑誌の記事の見出しを見ていただければわかると思いますが、ほとんどの見出しが「主語+現在形の動詞」のセンテンス(受動態の場合は、be動詞を割愛した形)になっています。また、下の記事は、グローバル企業の印象的なスローガンやタグラインのベスト63を挙げているものですが、この中に「〜ing ...」の動名詞句になっているものはひとつもありません。
参考記事: 63 Iconic Company Slogans and Taglines(象徴的な企業スローガン/タグライン63選)
米国のマーケティング自動化ツールの開発会社ActiveCampaign(アクティブキャンペーン)のウェブサイト・ブログページより
対処法3:日・英どちらでも通用する見出しにしておく
3つ目は、最初から英語になっても違和感のない長さの見出しにしておく方法です。欧米のコーポレートレポートを見てみると、日本企業のレポートに多くみられる「...として、...を目指します」のような抱負を述べる言葉を大見出し(ヘッドコピー)に用いている例は決して多くありません。
以前のコラムでも取り上げましたが、例えば、社長/CEOメッセージのページでもヘッドコピーにあたるようなものは特になく、見出しは単に "Dear Stakeholders" とか、"To Our Shareholders" などとなっているものが多数を占めています。日本語にすると「ステークホールダーの皆さまへ」とか「株主の皆さまへ」だけになるので少々味気なく思えるかもしれませんが、それがグローバルスタンダードであると言えます。その代わり、欧米のレポートでは、メッセージのポイントに目がいく別の工夫がなされています。プルクォートです。
「プルクォート」(pull quote)は、本文中のキーセンテンスを引用してページ内の要所に独立した形でレイアウトする手法で、雑誌のインタビュー記事などでよく使われています。この方法を使ってうまくデザインすれば、コーポレートレポートの社長メッセージや事業部責任者が語るスタイルのセグメント概況などによく用いられる「〜として、...してまいります」といった長めのフレーズでも、海外読者に違和感なく見てもらうことができます。その上で、ページの見出しはシンプルに「ステークホールダーの皆さまへ」や「○○事業」とだけしておけば、和文でも英文でもスッキリと収まりよく見せることがます。
コピーエディット/編集の例
以上3つの対処法の例を同じ例文を使って見てみましょう。企業の統合報告書やウェブサイトの社長メッセージや経営方針のページにありそうなヘッドコピー(見出し)の例です。
【和文原稿】
持続的成長と中長期的な企業価値向上に向けて進化する
サステイナブル・カンパニーを目指して
【ありがちな英訳例】
Aiming to become a sustainable company that evolves toward sustainable growth and to enhance corporate value over the medium to long term
「持続的成長」や「企業価値向上」など、近年多くの企業が用いている言葉を含めてみました。和文自体長めに作っていますが、単純に「翻訳」すると一層長くなってしまいます。デザインにもよりますが、おそらく紙面では3行になってしまうでしょう。
最初に「対処法2:日本語を編集してから翻訳にまわす」の例から見てみましょう。
【和文を翻訳用に編集した例】
私たちは、持続的成長と中長期的な企業価値向上を目指します。
【編集版の英訳例】
We aim to achieve sustainable growth and increase our enterprise value over the medium to long term.
まず、原文の後半にある「サステイナブル」は、前半にある「持続的」と同じ意味なので、翻訳用の和文では後半の部分を思い切って割愛します。また、「〜を目指して」という副詞止めをそのまま訳して「Toward〜」などとなってしまうと、少しよそよそしい、いかにも翻訳っぽいコピーになる恐れがあるため、センテンスの形にして、主語「私たちは」を補足します。主語があると日本語の見出しとしては少し違和感がありますが、ここは翻訳が目的なので気にする必要はありません。結果、元の翻訳に比べてある程度収まりの良い長さになりました。
次に、「対処法1:見出しをコピーエディット」の例を見てみましょう。
【和文原案】
持続的成長と中長期的な企業価値向上に向けて進化する
サステイナブル・カンパニーを目指して
【英文コピーエディット例】
案A:
Steps toward sustainable growth and value enhancement
案B:
Our value enhancement strategies
案C:
Our ultimate goal is to achieve sustainable growth and increase the enterprise value
案D:
How we grow sustainably and increase the enterprise value continues to be our priority
コピーエディットを行う際に重要なのは、そのコピーが紙面や画面上でどのような見せ方になるのかを意識することです。本文の主旨や一緒に使用する画像、スペース制限などによってベストな解は変わってきます。上の案AとBは、このコピーをページのタイトル的な扱いで用いる場合を想定したものです。したがって、「〜を目指します」といったメッセージ調ではなく、客観的なトーンになっています(訳し戻すと、Aは「持続的成長と価値向上に向けた方策」、Bは「当社の価値向上戦略」というニュアンス)。Bについては、単に「Value enhancement strategies」とすることもできますが、最初に「Our」を入れることでより主体性や意欲が感じられる表現になります。
上で述べたように、欧米のレポートではメッセージ性の強いフレーズがそのままヘッドコピーになるケースはあまり多くありません。メッセージ性のあるコピーを見せたい場合は、先に述べたようにヘッドコピー扱いではなく、プルクォート扱いでレイアウトするのが一般的です。案CとDはそういったレイアウト(下画像参照)を想定して比較的原文のニュアンスに近い形にしたものです。この場合、ヘッドコピー(見出し)ではないので、見出し扱いの場合より少しくらい長くなっても大丈夫です。( 以前のコラムで取り上げたように、そもそも「〜を目指す」という長期的な将来の姿を語る経営者メッセージは欧米にはあまりないので、CもDも英語ネイティブの感覚では若干の違和感は残りますが、「We aim...」などの漠然とした表現ではなく、「goal」や「priority」といった語を使うことで、より現実味が感じられる表現になります)
ページ冒頭のレイアウトのヘッドコピーをエディットして、プルクォート風にした例。メッセージが伝わりやすいデザインになりました。
こういった編集を行う場合、ひとつの見出しだけを見るのではなく、他の見出しとの整合性や語感の統一などを横断的に考慮することも大切です。上の例のように元の日本語の意味の一部を割愛したり、クリエイティブの要素も入ってきます。言葉の取捨選択の判断は人によって違いますので、他者にコピーエディットを任せる場合には、どういう主旨の見出しにしてほしいか事前に具体的に伝えることが大切です。
最後に「対処法3:日・英どちらでも通用する見出しにしておく」の例です。
【和文原案】
持続的成長と中長期的な企業価値向上に向けて進化する
サステイナブル・カンパニーを目指して
【日・英どちらでも通用する簡潔な見出しに変更】
和文:中長期的目標
英文:Medium- and long-term goals
原稿(本文)の主旨(メッセージ)を要約した見出しにするのではなく、何についてのページなのかを名詞形で表現する見出しにした例です。この方法を用いる場合、英語版になることをイメージしながら日本語版の企画を立てられるようなバイカルチュラルな編集者がいると心強いでしょう。
以上3つの方法のいずれを用いるのが良いかはどういう人材が周りにいるかによって変わってきます。日本語でも英語でも、言葉は普段誰もが使っているものですが、読んでもらう文章にするとなるとそれなりのセンスやノウハウが必要になってきます。新聞社では、記者が書いた原稿を読みやすいように手直ししたり、見出しを決めたりする「デスク」と呼ばれる職があります。この同じ職種を英語では「copyeditor」と言います。プロの世界でコピーエディットがいかに大切かお分かりいただけるでしょう。
次回は、長さ以外に、見出しが「うるさく」なっている例について、編集デザインの視点から見ていきたいと思います。
※上記の各レイアウトサンプル画像はこの記事用に独自に作成したものです。
デザインクラフトでは、英文アニュアルレポート/統合報告書、英文パンフレット/ブロシュアのデザインのほか、和文から英文への差し替えレイアウトなどのご相談も承っております。企画からライティング、翻訳、デザイン〜DTPまで、ワンストップでの対応も可能です。詳細をお知りになりたい方は、Contactよりお気軽にお問い合わせください。
Author
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
『新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植』
『ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES』
『PICTURING PRINCE プリンスの素顔』